先頃、東京千石に住む、
関東生粋の老左官がこの世を去った。
弔問には、
たくさんの人々が訪れて故人を偲びあった、
とても良い葬儀だったと聞いた。
老左官と自分は、6?7回会った程度で、
そんなに親交が深かった訳ではなかったから、
電報を捧げる程度がふさわしいと思い、
あえて参列はしなかった。
その後知った・・・遺影写真。
これが素晴らしくて、
もっと話を聞けばよかったと
後悔するくらい無条件にカッコ良い
・・・老いても粋でいなせである
存在感と生き様が、
にじみ出ているというか、
自身の人生をしっかりと生ききったんだなぁ?っと、
思わせるこの写真。
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なにか、
この表情の中に厳しさと自由が見えるような気がしてくる。
よっこらしょっと腰かけて脚を組み
その膝の上にひじをついて
人差し指と中指で軽くタバコをはさみ、
やや斜めに、すり抜けて落ちぬ力で
乾いた口で・・・
深く煙を吸い込んで、
頬骨にあてた親指に顔をもたげて、
ゆっくり息を吐きながら
静めるように
沈んでゆくように
朝から塗った【カベ】の湿りを眺めている。
また独善的な話だと言われるかもしれないが
職人にとってタバコは、考える道具なのだ。
ヨーシ、一服するぞ、と声をかけて
10:00と15:00に皆を集めるのは、
ただ休憩を取っているのではない。
目の前の仕事に夢中になるのはいいが、
まあ落ち着け、落ち着いているかもしれないが
それでも、とりあえず1本タバコに火をつけろ!
「どうだ、うまくいってるか?
どこか気になるところはないか?」と話しかける。
深く吸い込んで、ゆっくりと煙を吐くと、
ふあーっとタバコに酔って、体の力が少し抜ける。
そのリラックスと間合いは、
仕事が大切な局面になるほどに、
数ミリを争う繊細な世界になるほどに、
タバコは遠い視線で客観視したり
一点だけを見ていた視線に複眼が生まれて
熱くなりすぎている自分に落ち着きを取り戻してくれる。
2003年、金沢で黄金の土蔵を作ったとき
外部の全面金箔貼りを終えて、
内部の仕上は藍色粗面の土壁下地に金が
徐々にかすれてグラデーションしてゆくという挑戦だった。
高校時代の連れ、仏壇職人の奥原と二人。
作業は二週間以上つづき、
真っ暗な土蔵の室内で、
照明に照らされた金を、
冷静に見続けなければならなかった。
暗い室内で乱反射する金は、気づくと、
自分が何処を見ていたのか?
光りが前にあるのか?奥にあるのか?
なにかの術にかかったかのような、
感覚が麻痺したかのような自分に、
背後から声がかかる。
「 おい!挾土!ダメダメ、ストップだ、外へ出て一本吸え」
ふたたび、作業に戻るってしばらくすると、
俺の後ろから指摘する奥原の指示が、
あきらかに狂っていて、
「おい!奥原、お前おかしいぞ!外だ、一本吸うぞ」
闇に光る金は、感覚を狂わせる魔力を持っていた。
俺たちは黄金の土蔵を、
タバコで救われ、切り抜けた経験がある。
仕事はクールでなければ、
ひとつのミスで積み重ねてきたものが2流になってしまう。
“それは屁理屈”
タバコなど吸わなくともできると叱られたそうだが、
事実、NHKプロフェッショナルの映像で、
自分がタバコを吸っているシーンに、
世間様から現場でタバコを吸うなんて奴は不謹慎な男だと
叱っているメッセージを受けたこともある。
しかし近年、
急激に加速する禁煙一辺倒の流れは、
いきすぎもいいところで、
喫煙者はまるで犯罪者扱い。
タバコをふかしていると、
見知らぬ女性が目を三角にして、
自分の前で口に手をあてて通りすぎてゆく。
山深い地方に出かけて、
無人に近い駅に降り立ったホームに
禁煙の大きな看板が掲げられている。
・・・・風に吹かれながら、
看板の前で首をかしげて、
一体どうなってんの、この国?・・・・
どんなに考えても、
今でもそのたびに納得いかないのは、コンビニのレジ。
俺の前で、ハゲたおやじがタバコを差し出すと、
若い女の子が、
「20歳以上ですか?そうでしたら画面を押して下さい」
・・・「ピッ」
そして俺にも「20歳以上ですか?」・・・と聞いてくる。
「あのね、おねえさん、このヒゲ、この人相見て、
この俺20歳以下に見えるの?」
・・・っと、めいっぱい低くかすれた声で逆質問したこと5?6回。
このままゆくと
深夜、24:00を過ぎて起きていたい人は
20歳以上の画面にタッチしてください
不十分な睡眠はあなたの健康を害します。
そんな決まりが出来そうな勢いである。
熊本へ修行に出た時、
先輩職人との相部屋に案内され布団を持ち込むと、
6畳の部屋のテーブルに転がっているタバコ。
ロングピースと石鹸が入り混ざった匂いに、
思わず深呼吸した覚えがある。
これから大人の世界へ仲間入りだと、気が引き締まった。
これまで人生で出会ってきた人、
つわ者は皆タバコを愛し、
道具のように美しくタバコを使いこなしていた。
社会とは、
そうした様々な人々がひしめいているから、
おもしろいのではなかったか?
タバコ礼讃。
老左官の言葉
朝、現場に来たらまず、じーっと壁をみながら煙草を吸う
よし、と決まったら、すっと立って壁を塗るんだよ
塗ってる姿は日本舞踊のようだ、って言われたんだよ
塗りおえたら、また、ちょっと離れたところで、
壁を見ながら一服するんだよ。
そういう職人の仕事ぶりを、その家の旦那に見せてるんだよ
そのほうが旦那だって嬉しいだろうよ
ばたばたしてちゃだめなんだよ。
榎本新吉。