2016年度、NHK大河ドラマ
「 真田丸 」の題字を書くこととなった。

8月29日。

緑山という大きなスタジオに
高さ3m×幅6mの壁面が
階段を上ったステージ上に用意されている

その壁面に、
飛騨から持ち込んだ、
掘り出したそのままの赤土を、水のみで捏ねた泥にして、

秀平組メンバーが
たっぷりと分厚く塗りはじめた。


いよいよだと、
今の不思議を一通り思い返し、
じたばたしても始まらないと気持ちを固めて

大きく塗られた泥の壁をしばらく見上げる

引いたところから眺めて、静に
イメージする

手をかざしたり、
壁を眺め、顎をあげて描くような、
なんというか・・・視界を揺らしてぶれない芯を見据えるような・・・

なんと言っても
NHK大河ドラマは国民的番組だけに
妙な怖さに包まれて
その怖さが麻痺するまで、うろたえる。

自分を追い込み、開き直った自分を待っていた。

十分うろたえて
真剣に笑い、ヨシやるか!

30人はいたスタッフに
「 皆さん、3発目までになんとか仕上げたいと思っているので、
まずは気長に見守ってください。」と声にして

階段を昇る・・・
壁に、まあ、頼む!と願った。

動き出せば・・・「無」。

頭にあったのは、
滑らかに3文字を流れて終わる!というその一心。
あとは沈黙の中で、コテ先が泥にめり込んだ瞬間と
「 丸 」の字のはね上げで、肩とひじにかかった重い負荷に

「 抜けてくれ!」

そう願った実感だけが残っているだけで

・・・字は書き上がっていた。

後ずさりしながら階段を降りて、
冷めた感覚で見る・・・・・

「 悪くはない!」

そう思ったと同時に、
自分の身体に伝わった、わかるものがあって、
次はこれよりいける、と。

沈黙していた皆に、
すみませんが
もう一度やりたいと、その場ですぐ伝えていた。

そんな自分に
屋敷プロデューサーが、言う。

「 わかりました。
私達は、あなたが納得するまでやってほしいと考えています。」

「 けれど、これ、とてもいいですよ、
僕は力強くて、美しく、命があると思います、
本当にいいです。」

「だから、いったんこれで撮らせて下さい。」

その言葉に
映像監督、照明、カメラマン、が中心となった
スタッフが一斉に動きだした。

7mはあろう
2台のアームに照明とカメラをセットして
絶妙な映像のタイミングが一致するまで
スタッフ達の撮影は数十回に及んで

微妙なズレの妥協を許さない
納得するまで、偶然の一致が起きるまでつづく撮影・・・・

スタッフ達の同じことを、
ひたすら繰り返し、ピンポイント狙う志の高さ

その雰囲気を、
なんとも苦々しく、しかし清々しく見守っていた。

3時間が過ぎて、
「 どうですか 」と聞くと

「 僕たちも、
こんな土という素材に描かれた文字や、挾土さんと関わって
光栄に思うし、いや?納得いくまで朝までだってやりますよ !」

そう答えたのは、30代の若い映像監督。

「 あの、独自の衣装を纏っている照明さんは、
久しぶりに照らしがいがある物に出会ったと
僕より力が入っています。」

そこに、
見るからに雰囲気のあるカメラマンが近寄ってきて、

「 挾土さん、
僕らは、もう一度書かれても
同じことをやりたいと思っていますが
でも、これ、
ここで、この一発で決めたって事に
文字の質より、価値があることだと思うんですよね?・・・」

そんな言葉に

確かに、
この一発の
今の新鮮さと、
ドキドキ感を優先するべきかもしれない。

そう思い直して「はい」と答え
真田丸の文字は一発で終わった。

書き終わった直後のまだいけるという
未消化な想いが残っていたが

待っている間に強気が冷えて
書く前の弱気に包まれていたこともあった。

さてさてで、

この話を受けた春から、
真田丸オープニングの中味を聞き
NHK大河ドラマ班の真摯な情熱。

出演者の記者会見の場に立ち会わせてもらい、
脚本家の三谷幸喜さんとも、少しだが言葉を交わした。

それにしても、
まさかの真田丸であったが

題字他、大河ドラマ制作側は
自分の起用を「挾土ワールド」などと呼んで
その重圧は、またいずれ書きたいと思うが
自分も、考えに考えた今回の真田丸。

その末に、

この題字に意識したことは
字に、線に、命があること
妙な、奇をてらわない正攻法であること。

そして少しでいい
三谷幸喜って感じがすること
これに一番の想いを込めたつもりである。

それが出来ているかどうか分からないが

思うと、
あの記者会見で三谷さんや、俳優さん
堺雅人さんの柔らかさ、しかしその真の太さ
そんな雰囲気を感じたことが、この字に至ったのだと思う。

あの時の記者会見、迷ったが行ってよかった。

盆のど真ん中にあった、スイッチインタビュー
舞踊家「田中 泯」さんとの対談を挟んで
2015・人生一発の夏が真田丸で終わった。

あと、
書き順、間違えていないか
数日過ぎて、青ざめて確かめたこと。

疲れきって、青い空が眩しいこと。

気づいたら秋になっていたこと。