今から約1,600年前、仁徳天皇の時代。

飛騨の国に、両面宿儺(リョウメンスクナ)と言う怪物の記録がある。

スクナは『日本書紀』の 仁徳天皇65年の条に
            わずかに84文字・・・その記述に登場してくる。


≪六十五年 飛騨國有一人 曰宿儺 其為人 壹體有兩面 面各相背 頂合無項 各有手足
其有膝而無膕踵 力多以輕捷 左右佩劒 四手並用弓矢 是以 不随皇命
掠略人民爲樂 於是 遣和珥臣祖難波根子武振熊而誅之≫

これを現代語訳にすると

「 仁徳天皇の65年。
       飛騨の国に一人の男がいた。名前は宿儺(スクナ)という。

その男は、ひとつの身体に、ふたつの顔があり
それぞれ反対側を向いていた。

頭頂は合して、うなじがなく、
胴体のそれぞれに手足があり、
膝はあるが、ひかがみと踵(かかと)がなかった。

左右に剣をたずさえ、4本の手で弓矢を同時に放ち
               力は強く、風のように速い・・・。

天皇に従わず、人民から略奪をくりかえしていたので、
朝廷は建振熊命(たけふるくまのみこと)を派遣し、退治させた」

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飛騨に伝わるスクナ伝説をもう少し調べると

身の丈は、およそ七尺あまり(約2m10cm)

手下を引き連れては里で略奪を繰り返し、人々を恐れさせて
豊作でないと略奪もできないので、

日照り続きのときには、ふたつの口で山に吠え雨を呼び、
冷害が出ると、ふたつの口から噴出した炎で悪霊を払う、
それで、飛騨の国はいつも豊作に恵まれていたという。

里を荒らし、
帝に逆らう両面宿儺に業を煮やした朝廷は、終に討伐軍を派遣。

帝が軍を差し向けると、

スクナは
「飛騨まで来ていただくのはお気の毒、
        こちらから美濃まで出向きましょう」と言い、

美濃・高沢山で官軍と衝突した・・・

山賊まがいの手下と戦うスクナは
500日も続いた激戦の末
やがて官軍に追い詰められて

官軍の大将は、その勇猛ぶりを惜しいと思い・・・

「どうだ?天子さまの家来にならんか?」
         との誘いに、スクナは、これを拒否。

「いっそ、生まれ故郷で殺してくれ」
           潔く、討たれる道を選んで首を斬られたという。

日本書紀では、化け物として朝敵になっている両面宿儺。

丹生川は、その名が示す通り、
丹砂(硫化水銀)の産地だったらしく
朝廷は、その鉱物資源を狙って飛騨に侵攻してきたとも言われている。

地元の飛騨地方や美濃地方では、
スクナを英雄として敬い、高山市丹生川町の千光寺や善久寺は、
両面宿儺を開基として

故郷を守るやさしいリーダーの姿と、
権力に真っ向から立ち向かう勇敢な戦士の姿

このふたつの顔を持つ、
         比類なき勇者として「両面さま」と尊称している。

飛騨の国は、古代から建築・大工技術に優れて、

両面宿儺の本拠地である高山市の丹生川町一帯は、
               近代に至るまで飛騨木地師の本拠地だった。

奈良時代以降には
東大寺の造営や平安京の建設にも飛騨工が従事している。

日本書紀では、スクナの姿を
「膝はあるが膕(ひかがみ=膝の後ろの窪み)と、
踵(かかと)がなく、力が強く、しかも軽く早い」と表している。

これは脛当てを強く巻き、草鞋の上に「つまがけ」
(山の急斜面を登る時、つま先で駆け上がり易くする道具)
                    をつけた姿とも考えられていて

それは当時の山林技術者の姿であり

スクナが日照りや冷害を追い払ったとする伝承は、
スクナが優れた農業技術者かつ劣悪な天候から農作物を守っていた
飛騨や美濃各地に残るスクナは、逆に英雄として伝えられている。

千光寺・円空作の両面宿儺像は
その土地に宿る地霊の王と、烈火のごとく討伐軍と戦う武人の
両面だと信じられている。

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さて俺は、

この千光寺の山つづきのスクナの地に、縁を得て
歓待の西洋室を作り続けて10年、足かけ14年の月日が経った。

14年・・・・

その間、自分が目指してきたものは、すべて、
金銭も素材も技能も・・・
移り変わってゆく世の中と、逆方向に進んできたように思う。

無名大工の名工の、年老いた最後の力を借り
廃業に追い込まれた製材屋や

親子ふたりきり、石の切り出しの親父から
漆、焼きレンガ、瓦、飾金物師から・・・
             たくさんの恩義を受けてきた。

これだけは未完成に終わろうとも、妥協はしないと
作り続けた心の内は、
なにか見えないもののと戦っているような
感覚が強くなっていった。

重い石を運び込むたびに、
鬱蒼と繁った斜面を、ひと鍬ひと鍬、土を起こして整地するたび

指先震える緻密な技能を積み重ねるたびに

それらを一瞬で食らう者、
すべてを無感情に破壊してしまうなにかが、

気づけないほどの遠くから
俺たちを覆っているような予感と不安にさいなまれて

独自の世界が出来あがるほど、同じだけ不安が膨らむ日々。

この夢の完成はなく、終わりはないが・・・

いま、激しく荒れる自然と
世の中が様変わりしてゆく中で

倒れることなく、
     ぶれず耐えられるか、
          そして知恵を絞れるか?

あと少しで
西洋室は動き出すことができる。

1年、2年、・・・3年?

そう、あと少し、

あと少しで・・・矢を放つ。