待ち合わせは、19:30、
        都内の交差点に立っていた。

この秋から始める
個人邸の打ち合わせを兼ねた食事である。


依頼主は、
あなたの仕事ぶりはもう十分わかったから
リビングと屋上、ゲストハウスの内装まで
どのようにでも一切をまかせるわ。

細かなことを、いちいち言うつもりはないから
心配なくていいわよ。

でもどうするかは、事前に伝えて
当然、わたくしにも、好き嫌いはあります。

ただ11月になると私の懇意にしている
企業の社長さん達を招く予定になっているから。

だいたいお分かりになるでしょ
  10月末までには終わらせてちょうだい。

そんな、
ちょっと肝の座った人を待っていた。

・・・・・10分前だった。

タバコに火をつけると電話が鳴った。
【ヤマサキ】という携帯表示に、

ウム? だれだったかと、思い出せない。

もしもし・・・出てみると、

あ?、秀平さんかぁ?
あのなあ 、≪桃≫ 好っきかぁ?
嫌いやないやろ?
清水白桃いうてなぁ・・・日本一の桃やさかいなぁ

あの?、どういう用件でしたかねえ・・・と聞き返すと

何言うてんねん、ワシや、
     頼むわ? ワシやがなぁ?

今なぁ?、岡山の現場におんねん、
昔、川原班におったワッシや・・・
あれから後も高橋と一緒に、しばらく世話になったワシやがなぁ?

おうおう、あのヤマサキさんかぁ・・・
なんだ、どうした、久しぶりやなぁ・・・

声の主は、
俺の30代前半
一か八かで巨大美術館建設現場の左官工事を一手に請け負って

一日70名の職人を回していた、あの頃の職人のひとり
全国から職人を闇雲に集めて使った、
ガムシャラだった時代の
大阪出身の流れ者左官のヤマサキ、

15年?いや、もっとその前の声であった。

瞬間に、
たぶんもう、年の頃、
65才を過ぎているだろうと浮かんだ。

秀平さんよ?
今思うとな、あんたと一緒に仕事させてもろうてなぁ・・・

ワシ、うれしゅうてなぁ、
いつも見とるで?
こないだもなぁ・・・ありゃぁニューヨーク行きよったんやろう?

そうや?、テレビでなあ、
一生懸命なぁ、土集めて塗りよった。
なんとも言えん、気もちええなるわ?

ワシやぁ、秀平さんの事は全部見とるからなぁ・・・

おうおう、そうかぁ、
な?んだヤマサキかあ、

おうおう、

仕事はあるのか?
元気にしてんのか?

そう返すと

まあなあ、
だいたい、こんなもんやあ
    ワシのことはもう、どうでもええ

ほんのわずか
声のトーンが沈んだように思えた。

そんでな、ワシ、
みんなになぁ、いつも自慢しとんねん、
挾土秀平の若い頃、ワシ、一緒に仕事しとったってなあ・・・

けど、そう言うとなあ・・・
いつもみんながなあ、ホンマかいな、って、言いよるけどなあ
まあ、そんなもん、どうでもいいけどなあ?

ずっと応援しとるさかいなあ?
身体きいつけいや?

ワッシ、誇りに思うとるからなあ、
桃をなあ?桃、好きやろ?

声が聞き取りにくかった。

同じ話の繰り返しで、しゃべり続けている
確か、そんなに腕は悪くなかった印象が、かすかに蘇り
ヤマサキの姿は思いだせたが、
顔はぼんやりとしか浮かべられなかった。

そして
迫田の顔と、あの当時の匂いに一瞬強烈に包まれて
すぐ流れてしまった

しかし、その声の背景は簡単に想像出来た。

ヤマサキの入っている現場の左官は
コンクリート床のキズ補修に追われるような
たぐいの仕事だろう

その切ない立場と、用事があるのは
忙しい時だけの、使い捨てに違いない
扱われ方が見えるような気がした。

そうかあ、
岡山にいるのかあ
それで仕事は、しばらくあるのかあ

秀平さんよ?
清水白桃はなあ、日本一の桃やから、これからが旬やさかい・・・・

わかったわかった
わかったぞ

わかったから
桃は食うから

ヤマサキさんよ?

俺、時間ないから、もう、切るぞ

あのなあ、まあ聞け。
         と、黙らせて

頭の芯が熱くなって

あのなあ
もし、これから先

みんなが、ホンマかいなあ?って、笑ったら

昼でも、夜中でも、いつでもいい
直接、こうして俺に電話して、そいつを出せ

その時、

俺、挾土言いますが
ヤマサキには助けられたよ、それであんたの名前は・・・・・
いつでもそう言うからな。

ケガだけ、きをつけろ

じゃあな、 切るぞ・・・。