経済も金融も、
メディア、ファッションや広告業界、芸術も、
ここが最前線、大企業の本社がひしめく、世界に大きな影響力を持つ街。

去年、NY・マンハッタンに、はじめて立った時
     これが世界のど真ん中だと、ビル群を見上げていた。


今ここにいるのは

ここが東京の未来に近いところに違いないと
          もうひとつの目で、もう一度、見渡して見るため

その時、

自分が感じた印象、と同時に
            脳裏に浮かんだ映像は、なぜかパリだった?

東京の未来、
すなわち自分達の未来を少しでも覗けるかもしれない
ヒントを掴もうと来たニューヨークで

《どうしてパリが浮かぶ?》
パリとニューヨークは全く違うじゃないか?
心内で自分を苦笑いしたことをよく覚えている。

人種のるつぼと言われるアグレッシブな街は
歩道で独り言を叫んでいる声、
どこかしこで鳴るクラクションで携帯がまともに聞こえない、
ゴミを捨てる奴、そのゴミを片っ端から乱暴に回収する奴

路上のゴミや、タバコの吸い殻の投げ捨てなんて、
ごたごた言ってられない以上に、

街は、激しく流れる人の息で溢れ返っていた。

現代の超高層ビルから、
1900年代初期に造られたブリック(レンガ)の高層ビルがまで
              混在して並び建っているマンハッタンの

その巨大なブリックの外壁面に、
斜光が射し込んで
ひとつひとつ積まれた、凹凸のぶれが陽射しに浮きたっている

見上げていると
あんなに小さなブリックのモザイクが
100年の風化の時を
さらりと刻み
風化の風がビル街に吹き込み、
過ぎてゆく人々に巻きついているかのように
ブリックは
光りを吸い込んでいるかのような重量感を漂わせている

街の何処かで、外壁に吊るした
ゴンドラに乗った職人が、常にレンガの補修作業をしていて
それが目にとまると
あのビルにも、あそこにもと、
その補修の跡が、視界のあちこちに見えるようになってくる

ごった返した人と車と出店
ガタついた電車、
つぎはぎだらけの舗装道路
ゴミ、ゴミ、ゴミ。
至るところにたなびく星条旗、ビル風に立ち昇る枯葉
何もかもが大雑把で雑だが

見るもの全てが、ざわめいている。

そのざわめきに
ただ圧倒されたあと、自分も生きてる、
生きなきゃ、そんな震えが身体中に走った。

ニューヨークに少し慣れると、視界が広がり
ただ、街を歩いているだけで誇らしいような
               充実感を感じている自分がいる。

超高層が反射する光と、
ブリックのビルの光と影、

影と光、
影と影。

光と影は、
見上げるたびにザラザラとした肌合いを浮きたたせて
《重量感》《歴史観》《良いも悪いも、ごった返した存在感》
クシャクシャに投げ捨てられた、
紙くずに纏う光と影が
自由、挫折、を浮き彫りにして、生きるを思わせるのか?

ズシンと座った
存在感としか言いようのない街の景観。

確か何処かで・・・・・

そうか、光と影とは、つまり厚みなんだ
厚みを持った景観が、ざわめきを感じさせているんだとわかる

確かそう、これは何処かで感じた感覚。

街自体の景観は全く違っても
今感じている、この空気感は、あのパリと限りなく近い。
あの、最初の印象はこれだったんだと腑に落ちた。

ニューヨークでは、建築士を対象とした
モーニングレクチャー、ランチタイムレクチャーを何度も行う機会があった。

聞くと、皆、ブリックのビルを
私たちは守ってゆく使命を持っているという。

50年先、
東京とニューヨークの都市に見る景観の厚み、
  歴史観は、このままゆけば、逆転するだろう、
確かな予感が見えてしまう。

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さて、
12月、帰国してすぐ仕事の打ち合わせがあった。

物件は某外資系の超高級ホテル
現場を案内されて、ここを任せたいと言われた場所は、

B1Fの玄関口
33Fのエントランス
34Fのスパ

いずれも、そのエレベーターホール正面の大きな壁面で
やりがいとプレッシャーで、つい無口になってしまうような場所。

設計士は、
ヨーロッパ系と東南アジア系の女性であった。

俺は二人に

あなた方の望みを叶える為に
あなた方の望みは、私のアトリエで聞きたい。

その時、
私も、あなた方に幾つかの提案を用意して待っています。と、伝えた。

2月。
通訳を伴い二人の設計士がやって来た。

事務所にある100枚以上のサンプルの他に
今回の為の提案サンプルを3枚を見てもらったのだが

今回は特に試作サンプルを作り上げるまで、悩んだ・・・
場所、人、色、肌、明、暗、etcなどのキーワード。

悩んだ末に
取り敢えず3種、俺なりに大胆に作った
全く違う個性のあるものを見せると

設計士は、しばらく黙ってからこう言うのだった。

『秀平、あなた方の緻密さや技能力、また表現力をすでに
 私たちは知っています、
 この3種は、どれを見ても素晴らしいと思います。
 けれど、
 今回、私たちが、あなたに望むものはこれではないのです。
 今、私たちが望むものは、
 緻密さでも表現力でもない
 あなたの持つ技能と素材での、自然の存在感が欲しいのです。』

『だって、この街全てがどこを見ても清潔で、無機質でしょ』

あえて、それを作らなかったが
俺の感じていた勘は当たっていたと、
ネイチャーを求めているんだと、すぐ腑に落ちた。

『わかりました、もう一度全てを振り出しに戻して作り直します。
 次回はそれらを持って、私が現地に伺いますので
 もうしばらく時間をください。』

パリとニューヨークで感じた、ざわめき。
それはまさしく《ネイチャー》を望んでいた二人の設計士だった。

数日前、壁が完成した。

《ネイチャー》を作り上げることは

その考え方
どこまで凸凹を自然に表すかの出し入れなど、
とても難しく、ともすれば下手にも見えてしまう。

まさに、作り手も受け入れる側にも審美眼がいる。

それは、新しい職人世界の入り口なのかもしれない。

あれほどの内部空間でチャレンジした《ネイチャー》は

異常に悩み疲れたが、
少し未来を垣間見たような清々しいものでもあった。