今年に入ってから
なぜか、とにかく、
どうしようもなく

悪いこと、難しいこと、
人には言えないこと、
分かっては貰えそうにないこと、

かと思えば、

良い意味でドキドキすることが
ひとつ終われば、ふたつ巻き起こるといった状況が
続きに続いて止まらない。


お前は、
そうゆう星のもとに生まれたんだ、
なんてよく言われるが、

占いとか、お祓いでもしようかと
考えてしまうような毎日が続いている。

つい最近は、こんな事に
それは10日ほど前の出来事だった。

飛騨では、去年から
《マイマイ蛾》という蛾が異常繁殖している。

それでこの春、自分の持つ樹林内を見回り、
見つけられる範囲の卵の駆除はしていたのだが

1ヶ月ほど前から、その毛虫が大発生、
樹林が、毛虫に占領されてしまった状態なのだ。

目の前の手の届く範囲を
たとえば15匹、潰しながら移動して1時間。
元の位置に戻ると、また15匹以上いるといった具合に、
樹林内を何度巡回しても、際限なくいる毛虫の異常発生。

いま、付加価値の高い仕事を抱えていて、
出張に出る前の2日間で、5?6000匹は潰したはずなのに・・・・

数日あけて飛騨に戻ると、
毛虫は大きく成長して、いっこうに減った気配がなく

一体、どこから来て
どれだけいるんだろうとゲンナリしてしまう。

すると仲間の一人が
俺の家の周りは、2度、農薬を散布したら
いなくなったというので

手立てを失っていた俺は、その散布にすがるしかなく

この現状にいたたまれなくなって
『よし、この樹林全体を散布することにしよう』

しかし、

この樹林内には、毛虫だけじゃなく
大切な蝶《春の女神》の幼虫も、
今年増えているかもしれない蛍も
去年住み着いたサワガニもいることから

その実行には、多少の不安があった
けれど、この異常事態にはかえられない

とりあえず、蝶の幼虫がいる部分にはビニールを覆い
ほたるの池付近は避けることにして
農薬散布に踏み切った。

その効果あって、

ざっと1万匹以上のマイマイ蛾の毛虫を駆除できた

蝶の幼虫たちも大丈夫そうだった。

あ?

少しでも良かったと、安堵感に慕って、
さて、仕事に集中しようと事務所に戻った。

夕方になって
通り雨をぼんやり眺めていた。

雨を眺めながら、うむ?っと浮かび
まさか、と、不安がよぎって電話をとった。

『もしもし、いま、雨、降ってんだけど、大丈夫だよな、蝶のこと?・・・』
『たぶん大丈夫だと思うが・・・』

・・・陽が暮れていた・・・

それから、ビンビンと
過敏な直感に支配されたまま夜を過ごし

朝一番、

恐る恐る、アオイの葉裏を覗くと、
6ミリほどに成長した、蝶の幼虫たちが
見る場所全てに死んで

それは全滅を簡単に想像させる状態だった。

膝の力が抜けて、それ以降・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人と会うことも、
話をすることも、
仲間の顔も見たくなくなってしまった俺。

樹林にいることも
あんなに好きな、草花からも離れたくなって

それは《心が折れた》

そんな言葉でしか表せない気持ちに陥り

あらためて
蝶がどれだけ、

どれだけ、
自分にとって大切なものだったか

どれだけ誇り高く、
どれだけ豊かな気持ちになれたか。

そしてこの蝶は、金銭では手に入らない
何処かから譲り受けることも出来ない
自然の象徴だったと身体の力が抜けて

あの蝶は、
俺の最高の左官工事だったんだ、
なんてつぶやいて、後悔ばかりが繰り返されて

プレッシャーのかかった仕事の出張が
少しでも蝶を忘れさせ、その仕事にただ疲れる日々を過ごしていた。

あれから1週間。

マイマイ蛾の毛虫はいっこうに減らず
といって、見過ごす訳にもいかず、
ひたすら棒で潰していると

アオイの葉裏に小さな黒い影

生きていた!
3?4匹の幼虫が生き残っていたのである。

けれど数匹では、
自然淘汰に生き残れないだろうし
復活することは、まず難しいだろう

そんな思いが巡って

幼虫をまともに見ることさえできず
わずかに生き残っていることが、
さらに、痛々しく自己嫌悪に俺を落としめてしまう。

しばらくして電話が掛かかってきた。

『親方、大丈夫だ良かったなあ、数えたら33匹!いたぞ』

『そうか!すぐ行く!』

それは十分復活できる数字であり

嬉しさと責任に、
それだけで、また疲れてしまって、嬉しくて・・・・

今だに、その過敏が抜けない俺。

さてさて、

人によっては、農薬なんか散布するからだ
マイマイ蛾も含めて自然、自然は自然のようにするべきだ
そう言う人もたくさんいるだろう。
《その人達とは、きっと分かりあえない溝がある》

でもそれは、
人間の生活から、遠く離れた自然のことで
そこでは、人間も蝶も、生きられない。

人間中心の現代の街でも、蝶は生きられず

俺たちが目指しているのは
人間と自然の間の、最も自然に近い場所なのだ。

マイマイ蛾問題は未だ解決できないが
この数日、木の棒でコツコツ、さらに1万匹くらい駆除して
目をつむると、ボア?っと毛虫が見えてくるくらい
まあ、なんとも疲れることばかりが続く

けれど、
人間の、最も自然に近い場所に、農薬は禁物だと知り

もう農薬だけは、こりごりとした一幕であった。