ひとりでいて
話し相手も約束もなくて、

この今を
ぼんやりして

ころがっている石や
足元に生えている草や
空と雲の形を・・・

名もないものを
ただ眺めて過ぎてゆく。


名もないものと
なにもない今のなかに

色さえない
こぼれたものを拾うように歩く

樹林の中では、
    いつもそんな自分がいた。

4年前の春。

伐採あとの雑木が
ようやく株立ちして
背丈ほどに伸びた、山の斜面の奥に

チラチラした小さな花が
かすめて見えた。

なんだろう?

そこを目指して
密集した細木を掻き分けて行くと、

そこにあったのは、

幹が15mmくらいのか弱い《ヤマザクラ》が咲かせた、
数えるほどの花だった。

たぶん、実生で伸びて
はじめて花を咲かせたに違いないサクラ。

この《サクラ》は、

一重の花びらをピンと広げて、
         透きとおるほどに薄く、

それがなんだか、貧相で哀しげな花に見えた。

その時、

このサクラから、
もう少し離れたところに

散り終わった同じようなサクラを見つけて、
                持ちかえった。

強引に引き抜いて引きずって来たから
サクラには大きなダメージがあって
3年目になって、やっとわずかな花をつけだした。

1本は、あの時見たと同じ、
透けるように薄い花を数輪つけ

もう1本のサクラは、
一般に見る花よりも小ぶりで、
      鈴なりに下を向いて咲いて

離れて見るほどに、薄いピンクが鮮やかに見える。

2本のサクラは
  違うサクラであることに、
    去年、はじめて気づいたのである。

よく話をする庭師に、この話をすると

『お?そうか、よかったじゃないか、
           いいサクラに出会って。

ある意味、俺はそれを見立てて、商売しているんだぞ。

ヤマザクラはその典型だけどな、
植物だって、ひとつひとつみんな違う個性を持っているんだ

ほらあそこ、その左側と、すぐ上にもある、と、
向こうの山を指さして
   俺には、どれもみんな違うサクラに見えるぞ。

人間と同じなんだ。

例えば、お前の母親とその娘は違う顔をし、
違う性格だろ、それと全く同じさ。

だから、

そのサクラは、
もしかしたら突然変異の珍種かもしれないし

そうじゃなくても、
その子だけの個性をちゃんと持っているんだ
つまり、気に入ったその子を増やしたかったら、

               種じゃ、ダメなんだよ。

そのサクラを
根継ぎするか、株分けするか、
     挿し木で増やすしかないんだ

           その典型が、ソメイヨシノだよ』

そんな説明を受けて・・・・

サクラのたもとに脚立を立てて
2本のサクラの花をよくよく見ると
このふたつの個性が愛しく思えてくる。

そうかあ・・・・

俺たちと出会ったサクラに
お前が、俺たちのサクラかあ・・・と思いが膨らんで

それで

1本を、西洋室の玄関先の斜面に
        もう1本を、その南側斜面に
もう一度、移植することにした。

そうして、

今年、4年目の春。

姿は、まだまだ貧弱だが
誰が見ても、サクラだねと言えるだけの花を咲かせてくれた。

例年になく遅い春の曇り空のなかで

         玄関先で元気に咲いている花は

花びらから
曇り空が見透かせるほどに繊細で
薄すさを誇って咲いているように見え

南斜面のサクラは、
鈴なりのピンクが案外、華やかで
お前って結構派手だなっと、呟く。

樹林の中の
名もない風景の中で出会った
サクラに名前はない。

玄関先のサクラを、歓待ザクラ
南斜面のサクラを、紅鈴サクラ

            と名づけて。

いつかこの花の下で
今をぼんやりしていたい。