秀平さん、東急文化村ぐらいを目標にして、
まずは勝どきに理解のあるギャラリーがあるから、
ここから始めていきましょう!
そう言って、
初めて実現した個展「 土と水陽 」は、
東急エージェンシーと、@btfの青木さんが導いてくれたものであった。
・・・・このありふれた変わりばえのしない時代に、
大胆と繊細を持ち合わせた独自の表現は、稀有なことなのよ、
そう言って銀座、兜屋画廊の女主人が胸をはって、
ひらいてくれた個展 「 泥の心象 」。
自分の壁と言葉は、こんな経緯の中ですこしづつ進化していたように思う。
そんなさなかに入った突然の連絡。
6月3日?13日の期間
文化村で予定されていた企画が急に中止になって
穴があいたみたいで、どうやらそこなら出来そうよ!
様々な偶然が重なって、
文化村での個展が現実となったのは、2カ月半前のことだった。
東京は、場所と名前が、その「 物 」や「 質 」を
決めてしまう部分があること。
そして、それにかかる金銭を【 KIRIN 】の協力があってこそ叶った文化村は、いってみれば、普通の個人では、まず手の届かない舞台であり、
おそらくこの先、自分に これ以上の会場が
与えられる事はないだろう・・・・。
今回が最後の個展と位置づけたものの、
準備期間が、あまりにも少ない現実に突き当たりながら。
前2回の個展で感じていたことがあった・・・・。
それは、
みずみずしい泥( 土と水 )を出来る限りの正確さとスピードで
塗りあげた壁。
もちろんそこには、
土のもつ色合いやデザイン感覚やバランスもあるが、
なにより厚みをもった塗り壁は、
どっしりとした重みのある、絶対の存在感があり、
その重みの存在が、静けさを生みだしているのだと、 あらためて気づかされている自分があった。
だから、その静けさの中に添えた数行の散文が、
見る側の個々それぞれの心の内に、
声となって響いているんじゃないか?
≪土壁は、水の抜け殻であり、痕跡なんだ≫
とより強く意識することで、
抜けてゆく水は、毛羽だつような、
あるいは無限の微細な起伏を生みだしてくれる。
そんな、土の乾いた肌合いに、
光と同じぶんだけの影が現われたとき、
思わず触れたくなるような衝動にかられるのは、
水を水のように扱えた結果、そこに命のもとである
「 水 」「 土 」「 光 」という自然が息づいているからに違いない
今回の個展は、もう2度とない機会になる、
と考えていた自分は、良い悪いに関係なく、自分の内面にある、
孤高で、透明な世界を物語としてあらわし、
その行間に、この物語の一部を自分流に切りとった
土壁をみせてゆくという世界を作ってみたかったのである。
これまで、雪を塗り壁にしたり、黄金の壁であったりと、
いろんなことをやってきたが、
今回は、文字をも壁にし、塗り壁の旅を味わうような、四方の壁をめぐると、ひとつの空間世界となっている。
いわば、自分の言葉と塗り壁が一体化している
空間づくりへのチャレンジをしてみたい。
今でも、どうしてこんな文を書いたのか?
よくこんな文章を考えたものだと、
自分に自分を不思議に思っている。
けれど、こんな世界観が、
土を探し触れてきた自分の内側にきっと奥深くあるのだろう・・・・。
この物語を書いているうちに、いかに人間が自分中心主義で、
自然を壊しすぎてしまっているか・・・・という意味合いや、
たとえば、寄り添ってくれている大切な人であったり、
理想の女性像なのかも知れないけれど、
いずれにしても、
生きるうえで、誰にでもある出会いや美しい時間は、
わずかでしかないというような・・・・
またそれが、
気づくこともなく流れ去ってしまっているというような・・・・。
その内に、この物語は≪ 遠い地平のむこうから ≫
と始まった時に、
実は、自分が危篤の状態になっていて、琥珀の人が消えたあと、
苦い心の渦を放ちきって口がきけなくなったとき、
死を迎えていて、
そのあとの旅は死後の意識なのかもしれない・・・・
というようにも思えていたり、
たぶん、
現代社会へのアンチテーゼも含めて、
心の底にある、自分の映像的な表現をしたように思っている。
今回の個展が、たぶん最後の個展・・・・
東京で他の打合せもあったことから、
自分はほぼこの会場に張り付いていた。
BGMに選んだファドと土壁は、とても微妙にあいまって・・・・。
会場に訪れる人は、日を追うごとに増えてゆき、
最終日は人で埋めつくされたのには、本当にうれしく驚いてしまった。
足を運んでくれた人たちには感謝の意を表したい。
訪れた人たちは、
なにか心の遠い所から、
一瞬、涙があふれて押しもどすような美しいたたずまいや、
一枚一枚の壁に、
まるで身を捧げるようにたたずむ人までいてくれたこと・・・・。
思い起こせば語れることは、
この身体中に、いくらでも詰まっているが、
今、個展という3回に渡った半年間のチャレンジをひとつずつ終えて、
これで終った!という気持ちと、
しかし一方では、まだ作り出せる!という、
いらだちが抑えきれなくもある。
最終日を終えた翌日の午後。
飛騨に戻るとすぐ自分は、この数年に渡り、
里山全体に山野草を植え、
育てている場所へ向かうと、
春から楽しみにしていたササユリが、ほぼ花の盛りを終えていた。
個展の期間、この里山でササユリが咲き、
あたりを香らせていたんだなぁ・・・・
と思うと、
なぜか急に、大切な
二つを同時に失ったような気持ちにさいなまれて、悲しくもあった。
ひとつの目的を終え・・・・
次は何をしたらいい?
自分になにが出来るのか?
今の自分には、その先が全くわからない。
そんな花の落ちたササユリに、ひとり立ちつくしていると
ふっと葉表に、名も知れぬ一羽の小さな蝶が、
目の前で舞い降りた。
名もなき蝶・・・。
その蝶は、不思議に近づいても逃げることなく、
ただそこに、じっとしていつづけていた。