8年前の独立、職人社秀平組を結社して2年目。
日々の仕事の受注も、ままならない日々のなかで、出逢った洋館。

大正四年。
それは飛騨に建てられた土蔵風のハイカラな建物で、
室内には「西洋室」という棟札が掲げられてあった。

洋館は崩壊寸前で、
修復など誰の目にも不可能に思えるほど痛みが激しく、
いわば見る影もない状態だったが、

自分はそのとき、何か直感的に遠い理想の、夢の世界を垣間みたような…
そんな気持ちになった事が、はじまりとなった。

・・・・もしも自分が、
この土蔵風の西洋室を手にいれて
築100年の威厳と、この空間が放つ不思議な魅力を残しつつ、
俺の感覚で、モダンに進化させながら生み変えることが出来たなら、
どんなに素晴らしいだろうか?

(たぶん俺なら、うまくやれる!)と、そう直感したことを覚えている。

・・・・穏やかな山林、なだらかな斜面、
風にそよぐ樹々のアプローチを歩いていくと、

自然林はポッカリとひらけて、
そこに凛として、あらたに生まれかわった究極のゲストハウスが、
たたずんでいる・・・という光景。


そうして完成のいつの日か、
この西洋室に自分の大切な人を招いて、
千利休とはまた別のやわらかさで、自分流のもてなしをしている・・・・・・

そんな夢をえがいている自分。

おぼろげながらも
浮かび上がってきて仕方がない心象場面の数々・・・・・
自分が招いた人の笑顔が見え、会話が聞こえてくるようであった。

描いた夢はある日突然、持ち主から
「では、この洋館をお前にゆずろう」という一言から・・・・・・
急に現実味をおびて、倒産と夢の同時進行としてはじまる。

当時、希望と不況が、ごっちゃまぜのなかで
まず、1700坪ある手つかずの自然林を手に入れ、伐採から?石組みに至るすべての陣頭指揮をとり、究極の西洋室の移築は加速と中断を繰り返しながらも、じっくりと進み、実に七年の歳月がながれて、
(まだ完成はしていない。)

今、ゆっくりと自分の狙う理想の姿に、かたち作られつつある・・・・・。

2008年3月。
【ひととき】という、新幹線の車内誌から
『今を決めたあの時』という取材をうけた。

ライターを努めてくれたのは、
名の知れた女性作家で、
この飛騨に訪れて直接あって取材をするという。

その作家さんとは、もちろん初対面なので、
『 はじめまして・・・』と、夕刻に顔を合わせてから、

翌日、小雪のちらつく午後に
『 ではまた・・・』といって見送るまで。

丸一日もない短い時間であったが、
その女性作家と過ごした会話や表情に、
自分はなぜか、深い喜怒哀楽を見るような・・・・

言葉以外に感じる
“心の模様”を勝手に自分の中にイメージさせて、

とても楽しくて、けれど深くて、
時間をおいて振り返るとなんだか少しほろ悲しい・・・
そんな印象がじんわりと残るひとであった。

しばらくして、
紙面には【『豊饒』を塗る左官職人】と題されていて、

記事は取材中に、受けた印象のとおり、
楽しくも、ほろ悲しさがつたわってくる文章で、

何回も何回も読み返しては、
自分のことなのに、自分で泣けてきてしまう・・・・

文字は、いく通りもの音と意味をふくんでいるから
大切なおくりものとなっている。

以来、たまに素のままの会話調のメールが届くと、
きっと忙しいのに・・と思うぶん、心からうれしい。

取材の合間、
『これが俺の夢なんだ!』と、女性作家を移築中の山林へ案内した。

しかし、その頃の洋館は、
まだ柱を建てて、壁の下地が出来たばかりで、
屋根の瓦も乗せてはいなかったから、ガランとした、
つかみどころもない物に映っていただろうと思える。

今、洋館の内部には “春慶の間”と呼ばれる漆塗りを復活させ、
床には寄木細工が組み込まれ、いぶした灰色の瓦が重々しく整列し、テラスには地場の石を切り出した手加工の石畳とレンガが敷き詰められて、

新緑の木漏れ日に静かに建ち、外壁を塗る大仕事が間近に迫ってきている。

その他に2坪ほどの、土で作った“かまど小屋”も、
おおよその整備が整い、4?50種の山野草も、いよいよ根付いて、

この山林は、我ながら惚れ惚れしてしまうほど、
美しく、夢をより具体的に描ける風景になりつつある。

とはいっても、自分が思う、とりあえずの完成までには、
順調にいってもあと2?3年くらい掛かるだろうか?

はたまた、次から次へと広がって終わりがなさそうだが・・・・

【いつの日か、自分流のもてなし】をしている場面を、
作家さんに重ねて膨らむ想像が、

今の自分のエネルギーを掻き立てている。

まわりの仲間にそれを話すと・・・・・皆が笑い、

『それってもう、お前の都合勝手な妄想の世界だなぁ』とか、
『よくもそんな臭い事、考えていられるもんだ』と呆れ返っている。

けれど、大切な人をもてなす想定の、
“ひとりよがり”は、こよなく楽しい・・・・。

では以下、
・・・・・ひとり勝手なもてなし、のストーリーを始めたい。

作家(Yさん)は、日々の忙しさに追われて、
疲れながらも、また新たな小説をじっくりと書きあげたいと願い、
休養と仕事をかねて、この西洋室に滞在することになる。

ちょうど季節は秋・・・・。

PM8:30、俺は地元の駅に迎えに行く、
『来たよ?』と明るく言う作家に、

『食事はしましたか?』と一応たずねて、

すでに予約を入れてある、行きつけの気のきいた酒亭に一緒に行き、

今朝あがったばかりの日本海の魚と、地場の酒を振舞い、
あまり大声で笑いあうような酒にはしないで、
胃袋が満たされたあたりで

『じゃあそろそろYさん、今日はこのへんで宿の方にいきましょう・・・・』
と言う。

館のある山林に到着すると、ここは海抜700m。

秋の夜はホロ寒く空気も透けて、
雲ひとつない月夜は、アプローチの地表に、
樹々の枝影をクッキリとうつしている。

俺は洋館の奥続きにある、
まっさらのシーツに取り替えた部屋まで案内をし、
『 Yさん!トイレはここ、風呂はこれだから 』・・・・と、

一通りの説明をして、
『 明日からの滞在中は、その段取りを全て僕に任せてくださいね!』
と言い、

『とりあえず今日のところは、早めに休んでくださいね』

『それと、目覚ましは掛けないでいてください、
朝になったら僕が起こしますから・・・』といってあとにし、

帰りの道すがら、
Yさんは、いったい何時に目を覚ますだろうか?・・・と、思い悩む。

でも結局、そんなことは解らないから、
たぶんまだ寝ているであろう・・・夜明けと同時に山林に行く事にする。

でも、俺はYさんが自然に目覚めるまでは、起こさないことに決めている。

感覚を研ぎ澄まし、
気配が感じられた頃に『 おはようございます 』と姿を現し、
『 コーヒー!立てたんだけど、一緒に飲みましょうか? 』

といって春慶の間でゆったりとした会話をしたい。

たわいもない会話の時間を過ごしながら・・・・・

俺は、Yさんの表情や顔色に、また勝手に、

( 今日、Yさんは体調が良さそうか否か?
そして今日は小説を書きたいと思っているか?

あまり筆が進まないと感じているか?を推理していて)

そこで≪今日は書けない!≫と判断した時、
『Yさん!少し散歩でもしましょうか?』と持ちかける。

そうして、敷地内の草花の事や、
この西洋室が出来上がるまでの七転八倒の笑い話を
一方的に話し続けて・・・・

そのまま、『もう少し山中を歩きましょう』と誘い出す。
俺の一方的な話はとめどもなく・・・Yさんを先導して前を歩く。

しばらく進んで、あるポイントで歩行速度をゆるめていると、
Yさんが、『ちょっとまって』と立ち止まり、

『秀平くん、ちょっとこれを見て!!』と指を指す。

その先には、目の覚めるような真紫色のキノコが1本だけポツリ・・・・

『こんなキノコは見たこと無い!』と驚いているYさんに、
俺はあえてさらりと

『本当だ、綺麗ですね』と答えて、更に足ばやに進んでいくのである。

進んでいくにしたがって、
真紫のキノコは次第に点在して見当たるようになり、

『Yさん!少し休もうか?』と声をかけてタバコをふかしていると、
あたりを散策していたYさんが

『秀平くん、ちょっと見て、
さっきの紫の毒キノコがこんなに沢山生えている』と、呼んでいる。

俺は、『Yさん、実はこれ、食べられるんですよ!
少し採って戻りましょうか?』

2人は小さなビニール袋にキノコを採り、
来た道を戻りながら、今度は俺が後方に付き、促して、

『Yさん、あれも採って戻りましょう』と別の種類のキノコも採取し、
立ち止まっては戻ってゆく・・・・・

その内にYさんは、
この散策を楽しみながらも、どこかで気付き始めている・・・・・

おそらくこれは、秀平が全てを仕組んでいる、祭りごとだということを。

それでも2人はそのことには触れず、会話を弾ませて、
西洋室に向かって進む内、敷地内のかまど小屋からは、

うすい煙が匂いとともに立ちのぼり、
俺は『Yさん、かまど小屋へ行きましょう』と声を掛けて、
敷地内の、ナラの樹林の中を通り抜ける時、

そのナラ(どんぐり)の樹のたもとに・・・・

山栗の実が円錐状に集まって、
落ち葉の上にまるで置かれたように、いかにも目にとまる。

Yさんは、きっとこんな風に声を掛けるに違いない・・・・・
この円錐状の栗の山を指さして、

『秀平くん!栗の実があつまってバケツをひっくり返したかのように、
いっぱい落ちてるね・・・』と。

俺はニンマリと、しばし黙って、
樹林全体を体ごとに見渡したあと、

『ホントに!栗の樹もないのに不思議だね』
『 拾いましょうか?』と言って、笑いあいたい。

かまど小屋には、
俺の仲間が薪をくべ、
鉄の鍋に真紫のキノコがグツグツと音をたてて、
ちょうど食べごろである。

『Yさん、出来上がっているようだから、食べてみませんか?』

仲間は、ムシャムシャ食べているから、Yさんもきっと安心し、
心を躍らせて食べてくれるにちがいない。

そんな食事が終わって・・・・・

『Yさん、俺、夕食と酒の準備が出来たら、
また声を掛けにきますから、一旦ここから消えます、
それまでは一人で自由にしていてくださいね』

この洋館は大正四年に建てられた時、
【西洋室】と呼ばれていたようである。
そんな西洋室を譲り受けて7年、俺は正式名称を新たに【歓待の西洋室】と名づけている。

西洋室は、玄関と、春慶の間のメインルームと、
洒落た机がある自由な書斎との、三つに区切られている。