毎日、情報がめまぐるしく流れ、

世の中が、新しいもの、便利なものへと、
どんどん変わっていく。

つい去年の事柄が、
何年も前のことのように思い出せなくて
時間の記憶が途切れていることに、
帰る場所まで消えているような不安な気持ちになる


我々職人側から、見る世の中は
生活スタイルや考え方が、特に地方(地元)から激変していて・・・

ぶれないでいよう、流されないでいようとするほど

自分が何者なのか?
自分達の存在の必要性が見えなくなって
何を目指したら良いのか、わからなくなってしまう。

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それとは対極に。

いま東北地方で、
これだけは、どんな事があっても残さなければならない!

どんな事があっても、
その姿を残し、流されてしまうことがあってはならない!

去年、ある建造物を保存するプロジェクトを立ち上げた。

しかし、どうやって資金を捻出するかは大問題、
一年間、奔走してようやく

今、民間企業の応援の幸運を得て
このプロジェクトが4月中旬から動きだすこととなった。
(諸事情により表には出せない)

数日前、その準備と状況把握のために
仲間を引き連れて現地へ向う。

宮城沖地震、東日本大震災に激しく崩れながらも、

120年前のそのままド迫力、目の前に、
ただ圧倒されてため息が出る、

東北の小さな山村に、突然出現したひとりの職人。

その外観は、
写楽か北斎か、鬼才とか天才としか表現できない
独特な雰囲気を放っていて

それが、いま消えそうになっている佇まいに
俺たちは簡単に飲み込まれて

崩れ落ちている欠片を、両手ですくいあげて見入ってしまう。

日本の長い歴史の中で、
進化し花開いた、究極の手技を目の前に呆然として、

120年前の創建時の、
空想にふけってしまうほどの偉容。

まさに ・・・《 夏草やツワモノどもが夢の跡 》

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あくる日、仲間のひとりが
秋田県増田町に、素晴らしい土蔵群があるというので
見にゆくことにした。

それはいつだったか、
小林編集長とふたりで旅したとき
稲庭うどんの土蔵を訪ねて、その漆喰黒磨きに感動した町だった。

町には、漆喰黒磨きの土蔵が、いくつも点在しているらしく

今回はその中の、4つの土蔵を、
持ち主の話を聞きながら、まじまじと見学する機会となった。

増田町の土蔵群は
昨日の《天才鬼才的》な特異性ではなく

基本技能に忠実に、
仕事の正確さに妥協なく
最も難しい、最高な腕前を必要とする漆喰黒磨きを
飾り気なく見事に仕上げられている

まさに、質実剛健。

寡黙で厳しい仕事ぶりが、ビリビリと伝わってくる
どの土蔵からも、背筋が正されるような重量感が漂ってくる。

日本の左官が生み出した究極の技、
漆喰黒磨きは、ここでほぼ完成し、
花開いたといって過言ではない

増田町の土蔵群はどれひとつとっても
重要文化財を軽く飛び越える物件ばかり。

これが土と人の手で
出来いる事を世界が知れば、どれほど驚き感動することだろう

あらためて
日本の左官技能が、いかに世界に抜きん出ているかが
一目瞭然にわかるほど、とにかく凄い。
ただただ、 どうしようもなく凄い。

せめて職人衆の名残りを知りたくて・・・

当時使われていた鏝(道具)は、残っていないのですか?
と、聞くと、『はい、そういったものはありませんねえ』という。

『そうですか』
『これに文化財指定は 、あるのですか?』

『ありません』

『指定の話はありますが、不自由になるのが目に見えていますので』
『ただ、このあいだの震災で、一本大きくひび割れたのが残念です』
『あと、地盤沈下の問題もあります』

黒く、なまめかしく光る土蔵をただ眺めながら、
どれほど創建時は凄かっただろうと、
100年のくもり(艶の消えてしまった部分)を空想の中で取り払う

《漆喰黒磨きの技能は、継承されることなく途切れて謎のまま》だが

土蔵を前に、自分には、なにか、
当時の職人衆の影が、おぼろげに見えるような気がしはじめる。

材料を仕込んでいる者、
複雑な寸法の墨打ちをしている者
三人一組で漆喰黒を磨き上げている、花形の金筋職人
その絶妙なタイミングを見つめる中堅達
弟子たち、
厳しい目で見守る親方

そんな鉄のような職人集団がここにいたのだろう。

7人くらいだろうか?

次の土蔵を見て、いや、12人くらいの集団でも不思議ではない
それとも、二つの集団がしのぎを削って競い合っていたか?

それぞれが自分を律してわきまえ、持ち場を全うする
そんなチームワークでなければ、黒磨きの土蔵は、まず出来ない。

増田町の土蔵は
昭和8年を最後に

職人衆は、こつ然と姿を消してしまったのだという。

またしても ・・・《 夏草やツワモノどもが夢の跡 》

俺たちは皆、
遠い伝説と、目の前の土蔵に引き込まれて

もし、俺が目一杯やるなら・・・
俺の集団にプラスαしたなら、

黒磨きは別として、
この職人集団の腕前に何処まで迫れるか?と、

・・・身体中の血が、グワ?ンと熱くなって・・・
・・・究極の左官は、これほど迫力があるものかと誇り高くなって・・・

それから

・・・我に戻ると・・・

仲間のひとりに、こう言った。

『なんか悲しい、見るほどに悲しいだけだな、
ここに居たくないっていうか、もう帰ろう。』

そう言うと、もうひとりが
『そうだなあ、もう帰ろう、実は俺も同じこと考えていた
どんなに憧れても、情熱を燃やしても、
俺たちには眺めることしか出来ないんだから』

若いころ、自力の研究をしたこともあったけど
結局 厳しい現実に時間も余裕もなくなってしまった

この土蔵を守ろうにも、
よくある表面的な修復で
ますます価値を失った例を何度見てきたか

それも悲しい。

黒磨きの復活を試みるチャンスも、
土蔵を守るに見合った資金や時間
理念も社会が汲み取ることはない。

ついこの間、漆喰黒磨きの研究に人生をかけ
思い半ばで、ひっそりとこの世を去った、
《ある左官の死》=(ブログにて)

そして、

俺たちや、俺たちの弟子たちに、今後
このような仕事が望まれることも
発注されることもないだろう現実社会を考えたとき

見事な仕上がりを見るほど・・・・
この凄さを知っている分だけ、最後、悲しい。

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地元に戻ってからも、土蔵の写真に日本人の歴史の厚み
凄みを思わずにいられない。

そして、日本の歴史は日々、
あたらしさに流れる俺達から、離れて

そのルーツをたどろうにも、
繋がっていた線はぶっつりと切れていて
わずかに残る職人も日々消えている。

数日前のニュースで
政府が海外に1000億円の支援とあった。

           こうしたニュースを頻繁に聞きながら

その1%、10%で、どれだけのものが
    今やらなければ消えてしまう、
          唯一無二のものが救われるだろうか?

どうなってんだこの国は、
俺たちに流れてくる情報は、
いつも飲み込めないものばかりである。

いよいよ4月中旬から、
何処まで出来るか解らないが、
時代に対し、せめて一矢、報いたい。