12月中旬。

本格的な氷点下に冷え込んだあと、
雨混じりの雪が降った。

生ぬるい雨雪が凍った地表を
水蒸気で充満させて、淀んでいた。


どんより重く白い淀み、
それが妙に凶々しく思えて
樹林の樹々を空と重ねて、しばらく見上げていた。

夕刻になると、
針葉樹の葉先が水滴を抱えて
いっそう凶々しく頭をもたげている。

その後すぐ、
水蒸気の景色が再び氷点下に変わり、
しんしんと雪が降り出す。

丸一日、
そして次の日も
雪はしんしんと降り続き

舞落ちる雪の気配に、徐々に不安がつのりだした自分。

そんな畏れを感じるときは、

自分が逃げるに振れるか、せめての抵抗に振れるか、
降り続く雪を皮膚感覚で計って、休めない衝動にかられながら、
窓を、常に意識のとなりに置いて時を過ごしている。

なにか・・・・

ふんわり落ちる雪を手の甲で受けたときの
あの触れたか触れなかったかの儚い感触から

雪は、
この手の甲の同じ一点をひたすら打って
時間を追うごとに、
眺める雪が痛みになってゆくような気持ち・・・

あとからあとから落ちてくる雪のラインを眺めながら
それは同時に、手の甲から天へ
反動して伸びる痛みのラインとなって
雪が、苦痛から伸びる針のように見え出していた

3日目の午後
少し小降りになった空模様に、ひとり樹林に向う。

股下まで降り積もった雪を掻き分けて行くと、
進む向こうに、
20m以上の大きな赤松が、上から7?8mあたりで
ボッキリ折れてぶら下がっている。
後ろの山に振り向くと、
樹齢100年近くの樹々が倒れ、引き裂けているのだ。

どうした!?
こっちもだ、あそこにもと、あちこちに・・・・

いつも普通に眺めていた景色が
目を疑いながら
締め付けられて不吉なものとなっていた。

数カ所、小楢の枝が裂けているのを見つけて
必死に幹を蹴って揺すってみるが、
凍りついていて崩れず、疲れ果ててしまう。

チラチラと雪は止まず降っている。

その夜。

どうにも気になって、樹林に行くと
蒼白い遠くから、引き裂音と同時に、
足元に届いたわずかな振動を感じて怯えて戻った。

翌朝、光そそぐ樹林の中で、
100年の赤松が目の前でまた一本折れていた。
行き帰りの風景に、倒木のない斜面がないのだった。

おそらく日常の行動範囲の景色に
数千本が折れて、裂け、根こそぎ倒れているのだろう。

たぶん、あの雨混じりの雪が葉先で凍り、
雪の荷重をすべて受けてしまった樹々。

そしてそれを、

おぼろげに
脳の何処かと身体の何処かで、察知していた自分。

限界まで積もった積雪の上に、
触れたか触れなかったの、儚い一粒の雪の恐ろしき重い痛み。

この異常な冬の倒木が、
自分より圧倒的に生命力を持つはずの者の、
死を見ているようで
それがいたるところで、見かけぬことがないほどに倒れている。

飛騨の乾いた冬。
それは、厳しいものだが好きだった。

目を凝らせば、六角の結晶がサラサラと割れる雪
蒼白い夜の、獣も樹々も眠り、硬く凍った氷点下の世界は
ある種、安心の冬として
自分の身体や心を休めていたように思う。

しかしこの冬は
何処へいっても、枝や太い幹が裂けている肌や
白い斜面に爆破のように突き上げている赤土の根が
息を荒げて、唸りを響き渡らせている。

それに畏れも感じず驚くこともなく、
話題にもあがらず過ぎている日常に苛立つ俺

雪は例年の2倍以上の積雪を記録し
今もなお、冷え込んだり、生ぬるい雪が不規則に降り続いて

窓の向こうは、
敏感な休まらぬ冬、むごい冬。

今、この冬に傷ついた樹林を手当てしたくて仕方がない。

あと、3週間、
こんなにも、春が待ち遠しくて仕方ががない冬はない。

もし、異変に襲われる時が来るとしたら
海は夏から、山は冬から崩れてしまうのだろうか

これが、ひとつの自然淘汰だとは俺には思えない。