斜面に崩れた霜柱

水みどり揺れる
うす氷のレンズに貼りついた枯葉

春、まだ遠い三月
しかし冬の終わりの午前

冬と春の隙間に
真っ直ぐそそぐ真空のひかり。

草間のひだまりの
濡れた土と、むき出した根を覗き込むと


地表からの
湿り熱れ(しめりいきれ)が
いま吐いた息を、土の匂いに変えて押し返してくる

吸い込んだ匂いは、

この胸のなかをかき混ぜて
薄っすら汗ばんだ額の熱を、
すっと吹き抜ける風がさらってゆく・・・

乾いた枯葉、カラカラン。

地表の生々しい微熱と乾いた陽射し

まだ生まれる前の、
脈打つ眠りが入り混ざった
逃げ場のない不安。

子供の頃から、春が嫌いだった。

午前の針が息吹きの穴を開けて

土の息と
草の息と
この息が充満したあと
正午の針がその穴をふさぐ。

あたりは真空に切りとられ

空はただ高く、無風
一面の枯葉、カラカラン

地表はからっぽ
空もからっぽ、カラカラン

私はひとりで
乾いた枯葉を握りしめては
粉々になった葉を
指の隙間からサラサラと落としていた。

唾液のない喉を
飲み込みながら立ち上がると
膝や足が重い

身体の力が抜けていくようなけだるさに
手かざしに透けた血の赤さに

うっすらと幼い頃が蘇る。

こんなとき、手を引いてくれていた記憶
乾いた鼻を舐め上げられていた感触
ぽとぽとと顎や首元まで伝って落ちていた涙。

斜面の霜柱が消えていた。

なにか割れていくような錯覚の中で
粉々になって残っていた
手のひらの枯葉の粒が

肘や膝や、
この胸にも無数に貼りついていて
風が吹くたび、散ってゆくのである

それは私の身体から散ってゆく冬の殻。

空に枯葉がこすれあい
青さは、高く突き抜け

かすかな響き、カラカラン。

しばらく空を見上げていた
視線を戻すと、樹林の地表は絹の布

わたしは大きな白い布の上に立っていた。

ここはどこだろう・・・・・

固い芽は、まだ土のなか。

するとわたしの肩から、背から、白い糸が
布の端へ向かって流れていく

糸は布の端にたどりつくと、
それを持ち上げ、
わたしへと引き寄せて

幾本もの糸は、布を折りたたみ
四方から立ち上がってくるのだ。

布は折りがみのように、
       幾度も折られて

わたしは白い多面に、囲まれてゆく・・・

立ち上がる布は大小数十のスクリーン。

そこには、

これまでの懐かしい光景と
憧れて見果てぬ夢に終わった景色が
         一斉に上映されている。

白い布が私を包み空をふさぐと、
小さく小さくなって
やがて楕円の塊

それはまるで繭。

真空の空、カラカラン。

垂直にそそぐ光線
冬でもなく春でもない隙間に生まれた繭は
透明な場所へ引き上げられていった。

このままが消えたとしても残る願い

筋を引いて薄れてゆく雲を眺めて
             いま春を待つ。

牙、白磁、白骨の太陽、垂直の影。

繭は消え
雲は薄れ
空は、流れた。