“ 栄光に向かって走るあの列車に乗ってゆこう
        はだしのままで飛び出してあの列車に乗ってゆこう ”

ひとりは、快速三重自由席から
一方は東京からの新幹線で向かっている。

              
・・・目的地は桑名・・・


懐かしいホームに降り立って、

互いに眼を合わせることはなく、
          背中合わせに並び立つ。

≪・・・本当の声を聞かせておくれよ・・・≫

ふたりは三重県立桑名工業高校レスリング部の同級生。

3年 E 組 後藤 洋央紀 

3年 F 組 柴田勝頼

いつか一緒に
新日本プロレスに行って試合しようよ、
           と誓い合って18年が経っていた。

柴田が言う・・・辞めさせられたんですよ、会社を

後藤 2002年に入門して1カ月ちょっとで脱臼するんですよね

柴田 じゃあ、俺ん家に居候して病院通って、
   動けるようになったら一緒に道場行ってもう一回練習しようよって…
   
   やりたいんでしょって話で、だったら居ていいから、
   もう一回(入門テスト)受けなよって感じで居候させてましたね。

後藤 2か月くらいは居たと思いますね。

   やっぱりそのまま直で(三重に)帰ってたら、
              もしかしたら、もう諦めてたもしれないし。
   
   柴田が・・・ね、いなかったら、
              ホント今の俺はなかったもしれないです。

柴田 いないでしょうね・・・
   

1998年 柴田入門(高校卒業)
2002年 後藤入門(大学卒業)
2002年 後藤退団(右肩脱臼)
2003年 後藤再入門
2005年 柴田退団
2007年 柴田総合格闘技参戦
2012年 柴田新日本参戦


(”ケンカ売りに来ました!”と、リングで吠える)

(ナレーション)

柴田勝頼は、
   なぜ再び新日本プロレスで戦うことを選んだのか

そこに、あの男がいるからです、15歳で出会いました

共にプロレスラーになることを夢見て青春を過ごしました
           僕等は、いつも第一希望しか見えなかった。

そして2人は今、青春の片道切符を握りしめたまま、
                対角線に立ち、33歳の真っ向勝負!

セルリアンブルーのリング上、
       

狂犬柴田の前に、
     荒武者後藤洋央紀が仁王立ち
                         
               不器用で武骨!!!

新日本プロレス、
     桑名発友情パンクロック、荒武者VS狂犬。

             ・・・と、試合前のPVが流れる。

意地と意地のぶつかり合い、その初遭遇は、
  
11分39秒ガチンコの張り手カウンターが、
        両者の顎を同時にとらえると、

2人は交錯しながらうつ伏せに倒れて、まったく動かない

会場に10カウントが鳴り、裁定は両者ノックアウト

これぞプロレスの醍醐味
        会場がわき上がり、
            二人の宿命はまだ終わらない。

実は物心ついた頃からのプロレスファン。

この試合をTV観戦していたら、
      感動というより先に、
         あれあれ、っと涙があふれ出てしまった。

それはプロレスが宿命や運命が絡み合った
            それぞれの生き様そのものだから、

レスラーとは、折れない心と、
        勇気と愛と哀しみ、
           努力と挫折と夢を、

感情と肉体の直接的なぶつかり合いで繰り広げる、
               人生ドラマの縮図そのものだと思う

プロレスは深く知るほどに、素晴らしい。

ボクシングやK―1では、
お互いが防御し合い、ほとんど接触することもなく
未消化のままラウンドが進み終わってしまったり、かと思うと
          1Rの一瞬の一発でKOであっさり決着してしまう、

                      目的はただ勝敗だけを求めている

それに対して
プロレス界に勝敗だけを追うレスラーはひとりもいない。

勝つよりも、凄さ強さを表現出来なければ、
            ファンもレスラー同士も認めないのだ

誰もが認める最強レスラーとは、

対戦相手の持つ、技、パワーを
    真正面から受けて受けてぶっ倒れて、受けきって、

相手の凄さを自分の肉体のダメージで表現し、
      なおかつ相手のキャラクターを
       観衆に最大限に引き出しているレスラーの事を言う

挑戦者もまた、

最強レスラーの全てを受けきって
上から目線で、勝つのでなければ最強の証明が出来ないと考えている。

プロレスにラウンドはない
    無制限一本勝負のゴングが鳴って、
        お互いが相手の技とパワーを引き出しあってゆくうちに、

            けた外れのスタミナの85パーセントを消耗する。

その間には、

反則技あり、
凶器の使用あり、
場外乱闘あり、
流血あり

骨折や、脱臼や、じん帯の損傷、
       病院送りになったとしても恨みっこなし。

それで、戦線離脱し、
    リングに立てなくなるのは
         最強レスラーの称号は得られない

ヒールがヒーローになり、ヒーローがある日突然、
         ファンをも裏切るヒールになって会場がどよめく

水平チョップが
   フラフラ状体の胸元に叩き込まれると、
               汗がミストとなって吹き飛ぶ。

戦っている両者には、言葉も合図もなくわかるのだろう、

《残っている力はわずか、スタミナは90パーセント以上使い果たした》

《お互い息もきれて限界直前、これ以上は受けきれない》

さあ、ここからが、

勝つか負けるか、やるかやられるかの
       決着をつける真剣勝負がはじまるのである。

この数分間は、いわばどっちが負けたくないか
               どっちの本能が強いか?

     日ごろ鍛えてきた身体と心と、戦うセンスが
           どれだけ無意識で反応するかの数分間!

                   こここそが勝負の分かれ目。

                 観衆は、地団駄を踏んで息をのむ!

そして、その中に
プロレスがただの勝ち負けを追求するものではなく、
独自の美学と切なさがあるから、人生を感じさせ、人を感動させる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

えっ!! プロレスが八百長?
バカバカしくて聞いてられない・・・そういう人とは話したくない!

ここであらためて、
5月3日福岡スペシャルシングルマッチを振り返る

それは18年前・・・
青春の全てを捧げて過ごした日々に、二人が交わした約束だった。

三重県立桑名工業高校レスリング部。
3年E組・後藤洋央紀。3年F組・柴田勝頼。
同級生シングル初対決!

高校時代、ともに汗を流した二人の夢・・・
        「いつか一緒に新日本プロレスに行って試合がしたい」

プロレスラーの父を持つ柴田が98年に入門
後を追うように01年に後藤も入門を果たす。

しかし、後藤が入門直後にケガで退団・・・
夢崩れ、絶望の果てに居た後藤を支えたのは親友の柴田だった

励まされ、練習し、再び入門テストを受ける道を選び、夢を繋いだ後藤。

だが、しばらくして柴田が選んだ道は総合格闘技。

「新日本でいる為に、新日本を辞めるしかなかった。」

すれ違いを繰り返し、それぞれの道を歩んだ二人

プロレスラーは、ひとりとして漏れず、
        自分のスタイルと哲学を貫く美学を持っている。

だけど、18年の時が経った今、
  引き寄せられた「青春時代の二人の夢」
      憧れのセルリアンブルーのマットで

三重県立桑名工業高校レスリング部同級生・・・18年目の青い春。

後藤洋央紀vs柴田勝頼の試合は

ゴングが鳴った瞬間から
《勝つか負けるか、やるかやられるかの数分間》
            で始まった、熱い11分39秒であった。

・・・・・両者KO・・・・

・・・・・・・・・・・・

仕事が終わった夕刻、
職人社秀平組の鉄骨倉庫の事務所に
4人の弟子たちが、いつものように自分の前に座ると

興奮冷めやらぬ俺は
この試合に至るまでの、なが?い人間ドラマを
まず、自分の口で講談師のように説明する

そのあと、PVを見せて

この戦いのユーチューブを開いて一緒に観戦し

大事なポイント、二人の様々な瞬間を選んで停止
その表情から、さらに、二人に流れる深い心模様を解説する

プロレスこそは、深く読み解くことで人生を学習できる
                    最大の教材だと思う俺。

           ドラマはここから、6.22、大阪、再選決定 。

≪ YouTube  後藤VS柴田 試合前PV ≫