新しい出会いの夜に
     その緊張を和らげて
        自分らしく振舞おうと少し酔って・・・

こちらこそです、またいつかですね
   
こうしてタクシーが消えてゆくのを見送る。


そんな夜は、
  
ほとんどがはじめての店、はじめての通り・・・
       自分はひとりになると決まって東京を
                    ただあてもなく歩く

しばらく歩いた交差点で立ちどまる。

電柱に肩をもたせ掛けて
       街明かりを眺めて
         目の前を過ぎてゆくライト

すると時々、街が映像的に流れだし、

まわりの風景と自分の視界が、
        微妙にズレた不思議な夜に迷い込む

迷い込んだ先では、

ひとまわり身体が小さくなって
   空が超高層のすぐ近くまで降りているように思えて・・・

・・・ふたたび歩きだす

そそり立つビル群が
      空を直線に区切り

        白く霞んだ、ふあふあとした紺が一様で

点滅している赤い光が、
   この広がりが空であることを忘れさせて、
                ・・・また立ちどまる

生あたたかく混ざりあう雑音に埋れていると

そこは心地よい静けさになって
     星のない淡い紺の色合いが、
          手が届くほどのやさしい空。

人たちは月を見あげたとしても

この淡い空に
  だれひとり気づいていないから
          
         空はいつも静かで、自分もいつもひとりなのである。

見上げているうちに

忘れていたイメージのかけらが浮かんでは膨らむ
       線や、色や、言葉が、まばたきする度に繋がったり

繋がりあえないふたつがあったとしても
         その間をしきりに結ぶ線が飛び交う空

不思議な空には、
   今と、数年先と、30年先が
           浮かんでは消えている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・

冷たく薄い、切っ先のような月、

透き通った紺色の冷気に、黙り込むしかなく
            砂を踏む音にちぢまる皮膚

たぶん空は

数えきれない結晶が
    幾百角形に組みあって
        その 繋ぎ目に星がまたたいているのに違いない

またたく繋ぎめは、
     きしみ合って
        空は結晶の粉を、

             逃げ場もなく降り注いでいるのだ。

月の深夜

自分は誰もいない、樹々に囲まれた広場に立つ

この空の下にいなければならないと
            突き動かされてしまうのだ。

樹林の広場は土が青くひろがり、
          枝や葉群れが地表に、
               黒い影を落としている

知らず空に眼を閉じたあと
   透きとおった青と黒と白と灰と水の世界で
             足もとの草や割れた岩と、
                   
              この命を並べているような時間。

思いを浮かべようとしても
       
その途中で透きとおって消えてしまう夜

結晶の粉をあびて
       網の身体になってゆくような・・・・

今、月光に照らされた自分の影は、
           確か黒いはずなのに、

その影は網の身体を貫いた灰色の影
          その影はやがて白い影となって
                     この眼に映るのだ

つめたい風が、網の身体を吹き抜けて、あたり無風。

どんなに自分を付け足しても
         削ぎとられて、

            澄みきってしまう透明な夜。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

東京と飛騨をゆききするようになって10年
            自分は、この二つの夜を歩いてきた

この二つの夜に

削がれては膨らみ、膨らんでは削がれて
        その度にあたらしく生まれかわり、
                 生きてきたように思う

変わることが出来た自分と自分たちは、
        
その不安を確かめようと、
      またエネルギーを注いできた

それでも激しく変わってゆく時代のなかで、
               
自分達の未来を
     いまだに見定めることが出来ないでいる。

振り返ると、自分自身も働きづめで

本当の自分がやりたいことや、
      心休まることを求めたとき、
         それを見つけらないどころか、

            もしも無いのだとしたらと、せつなくなる

これからの10年は、
     もっと仲間を愛し、
          もっと自分のことも考えたい

たとえば、振り向かない者を振り向かす?

・・・もう、そんなエネルギーを
        費やす場合ではない人生に
さしかかったのだと思いはじめている。

去年の年末だったか、
   いつもの酒場で、こんな話をしていると

「そうかあ、わからんでもないが、
  まあ、そんなに焦ってきっぷを切るな」                              と、笑っている・・・・

きっぷと聞いてフム?っとしている自分に

「井上ひさしの有名な舞台になあ
     イーハトーヴの劇列車という
          宮澤賢治を描いたものがあってなあ

その劇の中で
    《思いのこしきっぷ》というセリフがでてくる

《生きている間に》
      どうしてもやりたかったこと、
       どうしてもやり残したこと、

それをつぎに引き継いでゆく者に
          託してゆくという話があるんだ。」 という。

それを聞いてから

この思いのこしきっぷが、
    ますますどんどん腑に落ちて頭から離れない。

もちろんこれからも、自分らしいチャレンジは続けていきたい

けれど同時に
   自分らしい《思いのこしきっぷ》を
     何枚切ることができるかの10年がはじまったのだ

          
       そのきっぷはたぶん、この二つの夜の中に秘められている。