10月の終わり
 
・・・1時間30分バスに揺られて、仙台駅に着いた。

冷たい秋雨前線の夕暮れに
        バス停で濡れて、

湿った服にくい込むバッグを肩に、

        東京までの新幹線チケットを買う。


東北へ行ったのは、
  ある企画のプレゼンテーションのためだった

はじめての土地、
はじめての人達との緊張の時を過ごし、

握手を交わして別れ、ひとりホッとした安堵感の重い身体

なんだか疲れたなぁーと、
ちょっと贅沢にグリーン車に乗り込んだ。

雨は強まることもなく、
といって弱まる様子もなく降り続いている。

小さめの弁当と、つまみをひとつ、
缶ビールと酒を1本ずつ買って、東京まで二時間。

・・・・いつの間にか眠っていた。

ふっと目覚めて時間を見てみると・・・・
終点まであと50分ぐらいだった。

車両の客はまばらで、
通路をはさんだ自分の隣の席に、
歳の頃60を少し過ぎたくらいだろうか

クロコダイルの革の赤いバッグを隣の席に置いて、
首元に、エルメスのスカーフを巻いた
品の良い淑女が、伏し目がちに座っていた。

自分の前とその前の席には
男の客が一人ずつ座っていた。

倒していたシートを少し立てて、
今朝、買った新聞を取り出してしばらく読んでいると、

ボブスタイルの乗務員から
サービスのコーヒーを手渡された

暗い夜を走る窓に、
     降りやまぬ雨が流れている。

繋がっては消える窓の水滴を
ぼんやりと追いかけていると、
      
やがて、ウムっと首を傾げて眺めていた。

不意に淑女が立ち上がって、

自分の前の乗客に、
丁寧なお辞儀をしながら話しかけているのである。

しかし、その会話を聞き取ることはできない。  

淑女はゆったりとした間合いで、少しにこやかに。

≪いろいろとお世話になりました・・・≫
≪・・・はい、そうなんです、あなたもどうぞお元気で≫ 
と、こんな雰囲気で・・・・              

けれど、なにか・・・

自分には、話しかけられている乗客の頭部が見えていて、

その動作や、
うなずき方が、妙に不自然に感じられた・・・・・

淑女は、
わずかな会話をして、すぐ席に戻った。

もう1時間以上、走っている車両の中、
【今さら挨拶?】と、
考えると腑におちなかったが・・・。

・・・まあ、しかし、
 人の事だと新聞を再び手に取って記事に目を向けた。

そして気づくと
淑女がまた、自分の横を過ぎてゆく気配があり、
自分の前の、その前の乗客に、話しかけているのである。

やがて、

淑女が席に戻ってくる一瞬の顔が、とても不安な
放心しているような表情にみえた。

そして、
しばらく車窓にほおづえをつくと
淑女は三度、立ち上がって、前の車両に姿を消したのだった。

・・・新聞をたたんで片づけ、

淑女は消えたまま帰ってこない。

いったいどういう人なのだろうと、考えぬでもなく考えている。
身体を斜めにして足を組み
時間が妙に長く思えて
座席シートを深く倒して目を閉じていた。

終点まであと25分くらいか?
通路のむこうの淑女は、まだ空席のままだった。

けれど、
所詮は他人の事だと、
冷えたコーヒーを飲みほして、
バッグのチャックを閉じる。

すると、通路に淑女が現れた。  

・・・どこで何をしていたのだろう・・・
             と目で追ってすぐ、

淑女のまだ放心しているかのような表情に、
目をそむけて、流れる水滴の車窓に身体を向けた。

夜の車窓は薄暗く、鏡になって
真横にいる淑女の姿をすべて映してくれていた。

席についた淑女
それを追いかけるように、
あのボブスタイルの乗務員が現れた

乗務員は淑女の前にくると、
車両の床に片膝をつき、まっすぐ淑女を見上げている。

そんな、
背中を見ている暗い窓ガラスの中に

とつとつと話しだした淑女の膝に手を添えて、
しきりにうなずき
真っ直ぐな髪がいたわりにあふれて揺れていた

新幹線は大宮を過ぎて、上野そして東京へ・・・・

ふたりはこうして、終点の東京まで話しつづけていた。

淑女は、落ち着きを取り戻しながら

こぼれる涙をぬぐい
止めどもなく話しつづけている。

・・・それは・・・

身の上ばなしをしているような、
長い話を自分に想像させて・・・

時折、感情が込みあがって
激しくまばたきをしながら、
バッグに手をかける、

・・・と、そのとき
暗い窓ガラスのふたりが、
     街明りに消えてしまう

上野駅を過ぎて、
映った窓ガラスの淑女は、
ハンカチを手に何度も涙を押さえて

乗務員は膝をついたまま淑女の手を握っていた・・・・

肩を震わせている場面、
覗き込んで聞き入る乗務員の姿

ふたりの様子は、
東京に近づくごとに街明かりに細切れに、消えて、現れ・・・・
                  消えて、現れる・・・

ふたりの姿が消えるとき、
    音までが空白になってしまい

まるでとぎれとぎれの画像を見ているようで

なにかの物語の
入口に立っているようにも感じられていた。

それにしても淑女は、あの時、何を話していたのだろう?

・・・津波に引き裂かれた子供を幻想していたのだろうか?
・・・それとも・・・
・・・過去に犯した罪の深さを、告白していたのだろうか?