この一年を振り返ると、東日本大震災はもちろんのこと、
                 何と重苦しい年であったことか?

10年間、がむしゃらに走ってきたしわ寄せもあった。
12月28日のブログ《悲しい仕事》も、そのひとつ。

そのほか簡単には決着できない苦しい案件の処理、解決も重なって

2011年を表すなら、
   「 凶 」「 忍 」「 毒 」「 痛 」・・・
              こんな一字を浮かべてしまう一年であった。


そんな中で、12月に入ってすぐ、

  ≪ それでもめげず頑張ろう ≫と、
          ワクワクドキドキできた人物との出逢いがあった。

それは、東京の仕事関係者からの突然の申し出で、
   独自の世界を追及している漫画家(I氏)と一緒に、
       この飛騨高山の事務所を訪ねたいというのである。

この話が持ち上がった時、正直なところ、
          自分はI氏の事をほとんど知らなかった。

そこで、迎え入れるにあたって、
  そのI氏について少しでも知っておこうと、
             その人物の描いている絵を見てみると、

        何も知らない自分でも、どこかで見覚えがあると同時に、

その線は、鋭く、哀しく、とても美しいもので、
     一体どんな人物なのかと、心待ちにさせてくれる印象であった。

I氏がもっている感覚や、考え方こだわりを知ってみたい。
          膨らむ好奇心が、自分勝手に想像や推理を始め出す。

その内に、ふたつのことが頭に浮かんだ

ひとつのもてなしとして、I氏が思わず描きたくなるような
          キャンバスとしての土壁を作って用意してみよう。

もちろん、描いてくれるかどうかは判らない・・・・・

自分の作る壁の色合いや肌合いに、I氏が反応し、
  ここに描いてみたいと思ってくれたなら、
               そのとき、一体どんな絵を描くだろう。

もうひとつは、

自分の生きる夢と、左官的な自然観を注いできた、
       ≪もてなしの西洋室≫を、彼はどう感じるだろうか?

自分のスタイルを確立し、
    それをさらに突き詰めている一線級の視線からの
       意見を聞けるのは、大きな励みになるに違いない。

そうして、いよいよI氏が我が事務所に、訪れる日がやって来た

はじめまして、と、まず一番に握手を交わしてから、
       本当によく、この飛騨まで来てくれました、
                      そんな思いが溢れて

少し、慌ただしすぎたか? と思うくらいあちこちを案内し
酒を酌み交わして、一晩中いろんな話題を振りまいていたように思う。

印象的だったのは、I氏が
とても好意的、かつ、気さくでありながらも、
その表情の中に、やはり深く秘めているものがあるって感じられたこと。

もてなしの西洋室の、一つ一つをちゃんと重く見て採っていたこと。

自分の言う夢を、同じように良い表情を浮かべて聞いていたこと

そして何よりも嬉しかったのは

≪のたうつ者≫を読み、
自分の師と言える小林氏の著作も読み込んでいて
『あの本を順に読んでいて、大事なところに付箋を打っていたら
               付箋だらけになるほど深い本だった。』

                  と、語ってくれたことだった。

そうして、あくる日。

事務所に用意していた壁を見せて
少し控えめに、どうですか? もしよかったらなにか描いてみませんか?

そう、投げかけると・・・・

なんの抵抗もなく、
  いいんですかと笑いながら、
    
      ・・・・わずかな時間考え込んで・・・・
             
                黒墨をたっぷり含ませて描き始めた。

すごく、早かった・・・。
      描かれた絵自体も、さすがバッチリと決まっている

            そしてなにより、線が美しく生きているのだ。

いま、絵として見ることも出来る一方で

・・・・一筆、一筆の、生きた線の集合体、
・・・・厚みを持った塗り壁に描かれた立体の書、
・・・・これまでにない全く新しい壁画、

                というような、見方が出来る。

I氏も、ヨシ!次回の為にもう少し修業をつもう
                    なんて笑っていたが・・・

やはり、
  人との良い出会いは、自分を新鮮にし、
         かつ新しいイメージを与えてくれる。

・・・そんな中で分かってきたことがあった。

自分はこの10年間、主張のある塗り壁を求められてきた。

それで良かったし、その結果がこうして、
  I氏への出逢いにも結び付いてきたのだから、
       これをもっと進化させ、伸ばしてゆきたいと思っている。

けれど今回、

I氏が自分の土壁に描いてくれたことによって、
  壁が前面に出るのではなく、いわば背景に回ったとき、
                   描かれた墨の線が引き立ち、

     そこに空間的な奥行き、ひとつの世界が生まれたように思う。

その背景としての壁が、地味でいてとても強いのである
脇役に徹しながら、静かに存在感を放っている。

これが塗り壁の本当の凄さ、力だと言えるのではないか?

壁が背景として最高の役割をはたすのは、

そこに置かれるもの、そこに住む者、が引き立ち、
         素晴らしい世界、空気を生み出したときなのだろう。

本来、壁とはそういうものであるが、
     目の前で、改めて実感すると今さらながら、
             壁の力の再発見に嬉しくて仕方がないのである。

これを考えるとき、もっといろんな新しい可能性があるかも知れない

2012年。

筆と壁面。書と壁面。そんな新しい壁を考案してみたい

I氏は、もてなしの西洋室の印象をこう語った
    自分が携帯電話を持っていることが不思議にさえ思えてくる
           ふっと、タイムスリップしたようにね・・・・・

もう一度、I氏と一緒に
  筆と壁がタイムスリップしているような
          何かの形をつくり出せたなら
                  どんなにワクワクすることだろう。