去年の9月頃だった。

この事務所に有名な建築家が訪れることになり、
いろいろ打ち合わせをした後、せっかく飛騨に来たのだから、

あの世界遺産の白川郷、
合掌造りを見たいという事になり、
自分の運転で案内することになった。


高山から合掌造りまでおよそ40?50キロ・・・・。

降り口のインター近くになってきたとき、ウム??
                
・・・・妙に違和感のある光景を見た。

一瞬、もう紅葉が始まっているのだろうか、と悩んで、

またウム?・・・・なにか違う。

そのまま白川村中心部に入るほどに、

山々の異変が目に付くようになり、
それは風景全体の樹々が赤みを帯びて
枯れているのだった。

背筋がゾクッと震えるような恐れを感じながら、

あっ!と記憶が蘇った。

≪ ナラ枯れ ≫が白川村を襲っていたのである。

いつだったか見たテレビ報道。

今、日本でミズナラなどの樹が、
去年一年間で60万本枯れているという特集。

その枯れる原因は、人間と里山の関係が崩れ、
   昔からいた(カシノナガキクイムシ)が大量発生し、
       日本全土のナラを食い荒らしている、というものであった。

しかもこの虫、

大樹となった老木から喰いつくようで
その駆除の対策は、まだ解明できていないという内容であった。

・・・自分は、このニュースに怯えていた・・・。

この7年、大切に管理し、
人生を賭けているプロジェクトの舞台、

約1000坪が、樹齢100年ほどのナラの自然林で、
この虫にとって、格好の獲物になる状況なのである。

そのカシノナカキクイ虫の大群が、
     自分から40キロ先に迫ってきている確かな現実に
           どうあっても、この樹々を守らなければならない。

そんな意識の中で去年の夏、

京都の被害が拡大しているというニュースを知り、
山形県の森林組合でも、被害拡大からこの虫の対策に、
              必死に取り組んでいる報道を見たのである。

この緑豊かな樹林の中で、
まだ被害を受けていない今だからこそ、

なんらかの対策を取らなければ・・・と、
            まず、京都の森林組合に電話をしてみた。

すると、

正直、対策はないという答えが返ってきて、
             ええ!っと身の毛がよだって火が付いた。

それからすぐ、山形の森林組合へ連絡すると、

対応策は3つあって、
その内2つは、被害が拡大してしまってからの対応方法で、
                予防策としては、やはりないという。

しかし確実ではないが、
自前に樹に注射を施す方法がある。

その方法は直径30センチ以上ある樹に対して5?6本、

40センチなら7?8本の注射が必要で、
1本の注射が700円と高価になるから、
        樹林全体額にすると、大きな金額になるというのだ。

俺は、もっと別の対策はないのですか? と、迫ると、

私に聞くより岐阜森林組合に、
  熱心に研究している人がいるから、
      そちらに相談したほうが良いのでは・・・・

なんと巡り巡って同県に研究者がいるらしいことが解った。

今度は、岐阜森林組合に連絡をとり

無理を承知で、
どうしても自分の樹林を見てほしいと頼み込んだところ

今年4月、O氏という人物から、

「 いろいろ調べた末、あなたの森林に対する情熱が良くわかったので、
一度そちらに伺いたいと思います。 」と返事があった。

俺は、仲間全員で、この人物から虫の話を聞くことにした。

・・・・その内容は

・ナラは30年に一度くらいのペースで人間が伐採し、シイタケ木や炭として
 使われ、ナラは切られた根元からまた勢い良く芽を伸ばして株立ちし、
 30年後にまた人の手によって伐採されて来た事で、
 虫とのバランスが取れていた、しかし、この虫によって枯れた樹は、
 根までが死滅し、絶えてしまうこと。

・現在、確実な予防策は見つかっていないこと

・40キロの距離は、ここ1?3年の内に虫は確実にやってくると思われること。

・虫は、地表の根元、または1?2メートルの位置に喰いつくこと。

・虫が樹に取りつくこと(アタック)を始めると、
 約4センチほどの深さまで直線に噛みちぎり、その後、
           方向を変えて進み、樹の中で繁殖し、
                ナラを死滅させる菌を増殖すること。

・ここ数年、この虫は日本全土に広がっている。

話し合いの結果、この樹林全体に注射をしようということになった。

しかし、その効果は2?3年。

O氏は、40キロの距離からして、今年は来ないと踏んで、
     虫をギリギリまで引き寄せてからの注射が有効的、
            今は、時期を見合わせようということになった。

・・・・とはいえ、油断は出来ない。

「 これから、仲間内の合言葉、
        樹の根元の木くずにいつも注目ってことにしようぜ。 」

山林の急斜面であったり、
深山に立つ樹は虫に喰われ放題だが、

俺達はいつも樹によりそっていられる環境にあるから、
         なんらかの人海戦術の手だってあるかも知れない。

・・・・どうあっても、ここを守ろう・・・・。

 
8月の中旬、俺は東京にいた。

そこに、飛騨からのメール、

もしかして、これか?
       一枚の写真が携帯に送られてきた。

・・・・・それを見てびっくり。
もう、最初のアタックが始まったかもしれない!!

俺はすぐO氏に連絡すると、
ちょうど明日高山入りする用事があるから、
そちらに行って状況確認しましょうということになった。

その結果は、

『 この虫の、活発な活動は6月から・・・
しかし今は、活動時期として終盤に差し掛かっているから、
樹を枯らすほどのダメージには至らないから慌てないように。

それと、この虫は、カシノナガキクイムシそのものではなく、その仲間で、
おそらく≪ルイスナガキクイムシ≫という、普通、枯れた樹に入る種類なので、なぜ、この生きている立ち木に入ったのか、私も解らない・・・・ 』

それで来年は、
虫は確実に、この樹林に襲い掛かるということですか? と、聞くと

今年は、雨が多かったなどの天候のせいか解らないが、
             予測よりも虫の被害が拡大していない、

しかしもう、隣の市町村まで来ていることに変わりはなく、

そこでの被害は大きく、その市町村は
  打つ手なしとの判断から、駆除対策も中止されているというのである。

あなたの樹林の注射対策は、もう一年見送るかどうかは、
             また話し合いましょう、ということになった。

この≪ルイスナガキクイムシ≫の被害を受けた樹は、一本の株立った樹。
4日間で、ざっと、60?70匹の駆除をして、今は治まっている。

この樹林と向き合って6年。

背高く伸びた木々の中に立つと、

朝の陽ざしが差し込んでくるとき、
      まるで空気が薄緑に色づいているかのような、
             鮮明で透明な広がりにいつも心を奪われ、

揺れる木陰が、楚々とした山野草をはぐくんでいる。

ドングリは、熊やイノシシや、リスの重要な栄養源、
         ナラは日本の広葉樹の王といっても過言ではない。

来年から、この虫が迫ってくると、
          いよいよ覚悟しなければならない。

それにしても、放射能、口蹄疫、と、

人間が引き起こしてしまう、人為的で不気味な災いが続く中で、

せめてもの救いは、相手が虫という形で見える事。

戦う相手の姿が、解っているだけでも、
          何とかなると信じて、
                 この虫と戦うしかない。