青と琥珀

遠い地平のむこうから、
地表を水平に照らす光線を背にうけて 

それさえも覆いつくす灰色の空の下をゆく

         

長い夜が広がる世界では、
たちこめては消えてゆく深い霧が流れ

どこへゆくあてもなく、
四足のけものが首を上下させるようにゆっくりと、私は進む

 青く静かな森林、かすんだ白夜の湖

きっとこの先には、
   私の知らない草花が、
        はじめて眼にする色の実と花を咲かせている



針葉樹の影のなかに、赤と黒の身体をもつ数千の蟻の、
   折り重なってうごめく生々しい命のかがやき

やわらかな腐葉土の下から
      埋もれて息づく命のわずかな熱が、
              ゆれ、ゆらめいてあがる気配を感じながら、

ひとり、毛羽だつ結晶に足跡をのこして、
           こまやかな冷気の粒をかきわけてゆく



                   

あれから、いったいどれだけの時間がすぎたのか

この顔と、この手の甲は、
   冷い空気のなかで細い針のように白く切れて、

もう、もどる道さえもわからないまま、

           私は、一軒の小さな家にたどりついていた

その家は、松の落ち葉が地面と屋根とを、
    こんもりとひとつに繋げ、樹林に埋もれるようにたたずんで、

わずかな隙間に見える窓からは、
        オレンジ色の光が、やさしく漏れている



                 

背の低いドアを開けると、
   そこには、暖かな部屋に住む、

       琥珀色の人が、私を待っていたかのように立っていた

待っていた人は、
   からだ中が濃い琥珀色をしていて、
         皮膚が少し透きとおっているように見えるのだが、

私はとても、
     なつかしい感覚に引き込まれて、
               やすらいだきもちでいられるのである

そんな小さな家で、琥珀の人は、

私のベットを整え温かい食事をつくり、
          いつも静かな笑顔で、うなづいていてくれる

けれど、もう何日も過ごしているというのに、

私は一度も、琥珀の人の声を聞いたことがなかった

        この人は、口をきくことができないのだろうか・・・・

私はいとおしくなって、からだを近づけ、

声をかけようとすると、
     琥珀の人はそのたびに、
             なぜか哀しい目をして私から離れてしまう

それは、私から出ている、【 苦い心の渦 】のせいであった

その波紋のような苦い渦は、

私の内側にあるいくつもの意識がせめぎあって、
                    激しく心が震えると、

小さな部屋の中で、天井をきしませるほどに大きく膨らみ、

私が、心穏やかにいると、
        見えないくらいに、小さくしぼんでいるようなのだ

琥珀の人には、
  私から放たれている、苦い渦が見えていて、

この渦の中へは、
  一歩たりとも入り込むことが出来ないうえに、
             それをみつめていることすら、
                     とても辛そうなのである

それでも琥珀の人は、

私が眠っていたり、
  ただ窓の外をうつろに眺めているときには、

いつもすぐ隣で、
    やさしくうなづき静かに寄り添っていてくれる

・・・そうして・・・・

疲れていた私が、ようやく穏やかな日々を送れるようになったある日、

私は気づいた

琥珀の人が、日を追うごとに疲れて衰弱していることに・・・・

そして全身の琥珀の色が、瞳だけをのぞいて、
            徐々にうすく消えはじめていることだった

私はどうにかしなければならないと焦り、
  横たわって無言で震えている琥珀の人に近づいて、
                  夜通し話しかけ、見守っていた

『 どうしたらいい 』『 どうすればいいのか 』・・・と
           そのうちに、私の意識は夜のとばりに溶けこんだ

朝になって気がつくと、琥珀の人の姿が見あたらない

私は、どこへ行ってしまったのかと不安になり、
               しばらく外をさがして家にもどると、
横たわっていたその床に、
  小さなふたつの琥珀の玉がひっそりと転がっていることに気がついた

                

そう、たぶんそうなのだ。

琥珀の人は横たわったまま、透明になり、
               消えてしまったに違いない

それは、私が私の思いだけで激しく心を震わせてしまったから、
本当は、もっと早く私がここから立ち去らなければならなかったから
そしてまた、自分の欲求ばかりを押し通してしまったから・・・

私は、自分自身へのいらだちと、悲しさを抱えて、
このふたつの琥珀を前に膝をつき、触れることもできず、
              ただ、途方に暮れて眺め、時が過ぎてゆく

私は、琥珀の人が、
いつも私の苦い渦の境界ぎりぎりにいつづけてくれたことを思うと、

からだが裂けるような怒りがこみあがり、
      ひとり外に出て、自分が浮き上がるほどの苦い心の渦を、

            疲れ果てるまであたりいっぱいに放ちつづけた

そして、ふたつの琥珀玉のもとに戻って、
          しばらくすると、私は口がきけなくなっていた

やがて陽が落ちはじめた。

伸びてきた長く赤い夕陽が、私とふたつの琥珀を照らしたとき、

                    

私は、目の前にある琥珀までが、
    いまにも消えてしまいそうに思えて怖くなり、
            ふたつの琥珀を握りしめて、そのまま家を出た
………………………………
             

そうして。

またひとり、深く青い森林をめざしていた

私はこのまま、
   傷ついた針葉樹の大樹をさがそうと決めて歩きだした

大樹の傷から流れでる樹脂こそが、琥珀の生まれた場所であり、

その傷口の根元に、
  握りしめたふたつの琥珀を埋めることで、
        ふたたびあの人が命を取りもどすかもしれないと、
                 
                     あてもなく信じていた

この青く暗い樹林のなかの、
さみしく傷ついた大樹を探しさまよいながら、こう繰り返していた

どうか私にきこえているすべての音とひきかえに、
           この闇を見通す瞳を与えてください・・・・・!

             

それから、どれほどの時が過ぎたのかわからない

暗闇の中で、
いつのまにか、私の両の目は青い瞳へとかわり、

苦い心の渦は消え、
   青く透けたからだとなって、
             ひとり歩きつづけている・・・・。
                   

6月3日?13日まで、東京渋谷の東急文化村で、キリンの協力のもと
個展を行う事になりました。

この青と琥珀の物語は、この個展用に自分が書いたもので
この物語から想像した土壁を16点つくり
自分流の詩画集のようなコーナーを、その一角に展示しています。