土壁を知りたくて、土壁を塗りたくて・・・

そうして解らないなりに積み重ねてきた、
自分流の考え方と,多様な泥の可能性と表情の世界。

最近では、この土を通して、様々な人達が訪れる様になり、
その都度、励まされたり刺激されたり・・・・

たくさんの話を聴き、
いろんな考え方を知り・・・
予期せぬ不思議な出会いが多くなってきている。

そんな中で、確かにこれまでは、
ただ気楽に自由な立場から,夢中で土に接してきたのだが、
最近では、それが進めば進むほどに、

自分にひとつの迷いというか、ある疑問も同時に発生している。

よくこんな声を聴いた・・・・


『これはもう壁芸術の世界だ』・・・とか、
『この作品は売らないのですか』とか・・・
『もう壁の粋ではない』、などなど。

そして同時に・・・
『アーテイストにはならないで欲しい・・・ 
自分を見失わず、あくまで左官職人として在り続けて欲しい。』

一方で
自分は土を扱う事が憧れであり、
特別な事をしてきたという意識はそれほどでもなく、

ただセメントや樹脂や,
人工的な物を使う事は好ましくない事だと感じていたり、

自分はあくまでも左官職人として、
大きな壁面へと移行できる絶対条件を,
クリアしていないサンプルは作っては行けないと考え自制をしたり・・・。

すなわち工芸的なことは左官職人から遠ざかるとして
批判の対象となり、許されないのだと考えていた・・・。

今年2月。全国の左官職人が結社(花咲か団)して挑んだ、
和歌山県南紀白浜の川久ホテルで、
あの久住章氏を始めとする面々が集まった。

その席での久住氏の挨拶で、
このホテルに携わった10年前、確かに我々は、
これまでになかった時代の先端に立ち、
技能を新しい感覚を通して問題提起をしてきた。

しかしこの川久ホテルは、
まさにバブル期の遺物というにふさわしく、
もうこの先こうした物件はまず無いであろう。

そして『時代は変わり』
これからは原田進氏と自分を始めとした、
30代40代の若い世代が中心となり、
左官塗壁の新しい波を引き起こして欲しいという内容を語った。

・・・とは言え、久住氏は、まだまだ退くといった年齢ではないが、
           確かに今、時代のスピードは余りに速い。

それで今、自分が思う事は、
10年前を思い起こすまでもなく、日本の経済や建築や、
世界や環境や、人の心も全てが狂い争っている中で、
我々左官という職業を大きな業界として想像するにしても、

そこに関わる
様々な素材や道具、
   そしてそこに伴なう技能者の気概を含めた全てが、
               ただならぬ状況に在り・・・・

1年は、2年3年分のスピードで変化し、
よほどの個性や、アピール性がなければ忘れ去られて、
                   消滅してしまう時代。

若者の中では、塗り壁ってクロスの事?とは
シャレにならない話で、この流れを簡単に止める事は到底難しい。

私は、我々左官がその中で、
どう言った形で存在して行くのかを、あらためて考える必要を、
            すごく切実に感じ不安を抱いている。

その上で
やはり在り来たりでも、これまで地道に、
こだわって来た者こそが、
こうした時代に影響されることなく、
少数であっても確実に乗り越え報われて欲しいと
                 願わずにはいられない・・・・。

小林さんが、いつも言っているように、
左官こそはアバウトでランダムでノープロブレムなもの・・・

左官は、大雑把でバラツキがあって、
       成り行きまかせが本質なのなら・・・・

本当に、こだわってきた左官こそ、
         なんでもありを押し進めて欲しいと思う。

自由にアピールする事が許され、
この時代に存在感をきっちりと示す事が、
         今一番必要な事なのだと思うのだ。

これからの左官に問われる最も重要な事は、
その塗り壁がどんなに小さくても大きくても、
          床であっても壁であっても・・・

そして、
床と壁の間に生まれるデザインであっても良いのだと考えたい・・・・。
ただし、安易な方法ではなく、
どこか、誰かのコピーでもなく、
鋭い、緊張感から、その個性で生み出した完成度を求めて・・・・
                       を前提として。

職人である事と芸術だと言われる事も、
塗壁である事も、工芸的である事も・・・それらを全てOKとして。

我々左官が大切にしなければならない事は、
左官の本質である、自分自身がコテを持ち続ける事・・・。

そして、多種多様な素材や、道具を必要としつづけること・・・・だと思う。我々はこの2つを守りつづければなんでもよい。

・・・それが左官を未来へつなぐことだと、
            信じて進もうと思っている。